図1にそれぞれのグループの構成員数および一年ごとの発表論文数を示す。 大きな違いは、グループAの構成員数は調査期間の全体を通じてほぼ直線 的に増加しているのに対し、グループBの構成員数はほぼ一定値を保ってい ることである。この違いの原因は、単に新しく入ってくる研究者(大学 院生)の人数差による。表2に示すように、40年代生まれまでの人数はほ ぼ同じであるが、50年代生まれのメンバーの人数はグループAの11人に 対しグループBの3人と大きな差がある。
図 1: 両グループの研究者数と各年の出版論文数の変化。実線は研究
者数、破線は論文数を示す。
さて、図1には構成員数とともに発表論文数も示されている。基本的には どちらのグループでも、構成員数と論文数はほぼ同じであることがわか る。言い替えると、研究者一人が一年に書く論文数はほぼ同じである。 正確にはグループAの 0.88本に対しグループBの0.96本とグループBのほ うが若干多いが、統計的に見て意味のある差ではない。すなわち、研究 者あたりの論文数で生産性を測る限りにおいて、グループAとグループB の間に差は存在しないということになる。
もちろん、ここではグループサイズによる補正をどのように行うべきか という問題があることに注意しなければならない。一人あたりの論文生 産性は通常研究グループが成長するに従って低下すると考えられる。従っ て、グループAにおいて研究グループが成長しているにも関わらず生産 性の顕著な低下が見られないということは、それだけでグループAのあ る意味での「優秀さ」を表している可能性がある。この点に関しては、 研究者の年齢を考慮した解析が必要になろう。また、今回の解析では研 究者がグループに制度的に属していた期間のみを調査対象としたが、研 究グループの評価には、そのグループを離れた(すなわち他の大学や研 究所に移った)あとの研究成果も関係するであろう。この点についても 検討する必要はある。
我々にとって前節の結果はかなり意外なものであった。論文数と研究者の 優秀さ(あるいは少なくともそのコミュニティのなかでの評判)にまっ たく関係がないというようなことが有り得るだろうか。我々は、以下の 2つの可能性について検討することとした。
図2は両グループの研究者を1年あたりの論文生産性で並べたものである。 横軸はグループののべ構成員数にで正規化してある。こちらでは、ふた つのグループはほとんど同じふるまいをしている。すなわち、研究者間 のばらつきがグループの質に影響しているとは考えにくい。
図 2: 論文生産性の分布。実線はグループA、破線はグループBの結果
を示す。縦軸は研究者の1年当たりの出版論文数、横軸は研究者のグルー
プ内での順位をグループ総人数で割ったものである。
次に質の違いについてであるが、これは標準的な方法である論文引用度 による修正を行ってみることにした。一般に、平均の引用度よりは頻繁 に引用される論文の比率のほうがより研究者の質を反映すると信じられ ているので、引用回数ごとに論文をクラス分けしてみた。
結果を表3に示す。30回以上と非常によく引用されている論文の割合は、 グループAのほうが2倍程度になっている。20以上のものでも依然として かなりの違いがある。これに対し、引用が非常に少ない論文の割合は グループAのほうが大きくなっている。すなわち、平均の引用回数ではグ ループ間に大きな違いはないが、非常によく引用された論文に関しては 有意な差が見られる。
これは、ある程度両グループの評価の違いを反映するものだということ ができよう。すなわち、「頻繁に引用される論文の比率」は、論文本数 や平均の引用度といった測定値に比べれば、研究グループの科学への貢 献の大きさを少なくともある程度はとらえているように思われる。
前節で、両グループの「生産性」、あるいは「研究成果の質」について、ある 程度の違いは存在しているようであるということがわかった。ここでは、その 違いを生み出しているものは何かを考える。
図 3: 論文を発表した分野の移り変わり。上はグループA、下はグループBの結果
を示す。横軸は表1の各分野を示し、縦軸は歴年である。線分は連続した内容
の論文
の存在を示し、本数は著者グループの人数を示す。なお、黒丸は被引用度
30以上の論文を示す。
図3は、両グループにおいて、「いつ、どの分野で」論文が発 表されたかを示したものである。ある線分が、その分野で「一連のもの」 と考えられる論文の発表されていた期間を示す。いいかえればこれはグ ループ内でのある特定のテーマを扱うサブグループを示す。同じ 分野内で複数の線があるのは、それぞれ独立な内容と考えられるもので ある。なお、多くの場合に、同一の著者で明らかに同一テーマを扱って いるいくつかの論文が、複数の隣接する分類間に跨って分類されている ことがある。これらについては、どちらがより適切かを内容から判断し た。このようなことが起きたのはグループAで2つ、グループBで1つにす ぎない。
独立な内容と考えられるかどうかの判定は著者名により機械的に行なっ た。すなわち、著者グループが継続性を持つものについては、一連の論 文であるとした。「著者グループが継続性を持つ」とは、各年度におい て研究者の入れ替わりがせいぜい1名であるものをいう。
あきらかな違いは以下の2点である。
言い替えれば、グループAが研究したテーマの種類は時代を追って増え、 また研究者が短いタイムスケールで違うテーマの仕事に移っているのに 対し、グループBでは逆に次第に研究テーマを絞り、研究者のテーマが固 定する傾向があるということを意味する。これは、論文群の数だけでな く、カバーする分野の数にも表れている。すなわち、グループAでは調査 の全期間にわたり、太陽(分野番号2)を除く全分野で論文が発表されているが、グループBで は70年代前半を境にしてそれ以後は恒星・太陽(分野番号1,2)の分野に集中している。
この違い、特にテーマの数自体の差はもちろんかなりの程度まで研究者 人数の違いにより説明できる。50年代生まれの研究者の人数は、グルー プAでは11人であるのに対し、グループBでは3人であり、この結果、グ ループAは70年代後半には15名程度の研究者を抱えるようになっているの に対し、グループBは6名程度となっている。また、総人数では、グ ループAは一貫して増加するのに対し、グループBは75年をピークに減 少に転じることになる。(図1)
図 4: 論文を発表した分野数の分布。実線はグループA、破線はグループBの結果
を示す。
しかしながら、グループ全体でなく研究者個人を比較しても、カバーす るテーマ、分野の数は両グループ間でかなりの差がある。図4に、研 究者が論文を発表した分野数を示す。グループAとグループBでは分布に 明らかな違いがあることがみてとれる。すなわち、グループAでは3分野 のところが最低で、その両側で多い二山の分布になっているのに対し、 グループBでは単調減少となっている。平均値でもグループAの2.86 に対 しグループBの 1.94 と明らかな違いがある。すなわち、グループAの研究者 は平均的にみてグループBの研究者よりカバーする分野が広い。なお、ど ちらのグループでも、研究者の論文生産性と論文を発表した分野数には 顕著な相関が見られた。
図3において黒丸は被引用度 30 回以上の論文の位置を表す。グ ループBでは高被引用度の論文は70年代前半の「太陽」に分類される論文 郡に集中しているのに対し、グループAでは全分野にわたって存在し、 また時期的にも調査した全期間にわたってでていることがわかる。
どちらのグループでも、非常によく引用される論文は、一連の論文のな かの比較的初期にでる傾向がある。これは、そのような論文は、新しい ある研究分野をつくり出す先駆的な業績であるということを示唆するも のである。そのような観点でみると、グループBの非常によく引用される 論文が短い時期、狭い分野に集中していることは、新しく開いた研究分 野の数が少ないということを意味している。これは、特に調査期間後半 で研究テーマが固定化したことと関係があると考えられる。
前節でみた新しく開いた研究テーマの数の違いが生まれるメカニズムを さぐるため、各グループ内での共著関係(具体的には連名で論文を書く 関係)の分析を行なった。図5及び図6に結果を示す。これは、縦軸に 論文の筆頭著者をとり、横軸に第二著者以下をとったものである。一本 でも連名の論文があればマークした。なお、研究者は年齢順に並べた。
どちらも、マトリックスの左下のほうが右上よりも黒い。これは、共著 論文の場合、若い方の研究者が筆頭著者になる傾向があることをしめす。 これは、この分野での一般的な傾向である。このようになる理由は、大 学院生とその指導者という組合せで論文を書く場合、通常は実際に研究 を行なった大学院生が筆頭著者の権利を得る習慣があることであると考 えられる。
両グループを比べた時の大きな違いは、グループAのほうが共著関係が複 雑であるということである。例えばグループBでは、自分より年下の研究 者が筆頭著者になる形の共著論文を書いているのは3名に過ぎないのに対 し、グループAでは15名となっている。逆に、グループBでは5名が自分 が筆頭著者である論文はすべて単名であるが、グループAにはそのような 研究者はいない。すなわち、グループAの研究者はすべて、年長の研究 者との共同関係(あるいは指導関係)を持っていたということがわかる。 また、グループAの場合、年長の研究者は複数であることが多い。これ は、部分的には単に3人以上の連名論文が多いということの結果であり、 部分的には複数の研究テーマを扱っていることの結果でもある。
もちろん、ある論文の共著者となる範囲はどこまでかということについ ては一般的な基準があるわけではなく、ここに表れた関係は実際の協 力ないしは指導関係を正しく反映していない可能性もあることには注意 しなければならない。