銀河に関する理論が断片的な段階を超えられなかったのは、非線型現象が本質的に関与する、構造・形態形成とその進化の問題だからであろう。それは20世紀の物理学がやり残した問題である。物理学は20世紀に入る頃から形式が整えられた線形代数をその基本リテラシーとし、20世紀には大きく花を開かせた。その方法は基本的には摂動論であり、数学的にはきわめて「格好の良い」ものであった。そして、「これぞ物理の体系」だという認識が、意識下に広がっていた。それに対し非線形現象は相互作用の本質であるにもかかわらず、摂動論を超えた問題では個々にしか取り扱えないところがあるので、格好が悪い。
しかしながら自然界にあるものと現象の殆どは、非線形であり、平衡状態から有限量(振幅)だけ離れていて、(箱の中に入った一様な系とは異なって)構造や形態を形成し、かつ外界とエネルギーやエントロピーをやりとりしている開放系である。このことによって、系の構造や形態は形成され進化する。線形問題では何が原因で何が結果であるかは、はっきりしており、その関係はグリーン関数(ドイツ語ではまさにそのことを表現して、Einflussfunktion という)で典型的に表現される。それに対し非線形問題では、原因は結果をもたらすが、それが逆にもとの原因に影響を及ぼすというように、原因と結果の連鎖とループになり、何が原因で何が結果なのかは明瞭でなくなる。現象を分析して原因を求めていくというデカルト的方法は破綻するわけである。
そこに対象の構造が持ち込まれると、全体は複雑になる。そして個々のプロセスの集積として全体があるのではなく、全体は全体としてそれに特徴的な行動を示すようになる。個々の要素の論理と全体のシステムとしての論理は異なるわけである。そのような現象は、社会(科学)的事象では、日常的に目にするものである。しかし科学として説明・理解されているわけではない。
そのようなことで次世代の科学の体系を作るのは至難の技である。だから、ここでは21世紀初頭の目標ではなくて、21世紀全体の目標のことを語っているつもりである。ただ私がここで言いたいことは、天文学の対象はそのような問題の理想化されたもので、かつ典型的なものであり、しかも数値的とはいえ定量的に厳密に取り扱うことが出来るものだということである。この意味で天文学は先行すべきものであり、相互作用効果の甚だしい物理系、生命現象、社会現象を探求へと発展するするための見本を提供すべき立場にある。
その根本的な理由は、重力の相互作用にある。一般に相互作用は湯川ポテンシャル、
として典型的に表現される。力のeffective range を表す は、重力では無限大で、しかも(クーロン力とは異なって)引力だけというところに、その最大の特徴がある。その結果、システムがいかに大きくても 、そのサイズは よりは小さく、その意味で常にミクロな系であり、相互作用の自己エネルギーが卓越してすることになる[エネルギーはもはや extensive な(質量の1乗に比例する)ものではなく、良く知られているマクロな系とは異なる振舞いをする]。この意味で系は典型的に非線形であり、系は自動的に固まって自己を外界から区別して典型的な開放系になり、部分系の集合に別れるという形で構造を形成する。
重力のもう一つの自由ような点は、(生命系で重要になる long range correlation などとは違って)簡単で well defined な関数形で記述されることにある。そのため、数値的に定量的に(ある種の近似は必要だが)厳密に取り扱えると言う意味で、天文学の対象は他の科学や社会を探求するための見本(テンプレート)になり得るであろう。こうして、天文学理論の新しいパラダイムへの発展が要望されており、21世紀の初めのうちには何らかの見通しを得ることが望まれる。計算機も tera-flops から peta-flops の時代に入ると、うまく使えば十分に速く、次の飛躍を導く武器になり得るであろう。昨今の観測の進展に酔いしれているのも結構だが、同時に理論天文学の再活性化と新しい飛躍を真剣に考えなければならないし、考えることの出来る時期になっていると私は考える(理論屋はがんばって、その地位を取り戻そう)。なお、この研究会との関係は、まさにそのような系の一つをここでは議論しているということである。以下の講演でも「計算結果はこうなった」ということ以上に話を展開して欲しい。