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10 球対称な分布関数の例

ここであげるのはあくまでも例であるが、さまざまな理由からその性質がよく 調べられているものである。

10.1 ポリトロープとプラマーモデル

ある意味でもっとも簡単な分布関数の例は、 ${\cal E}$の冪乗(パワー)で書け るものである。例えば

\begin{displaymath}
f({\cal E}) = \cases{ F{\cal E}^{n-3/2}& (${\cal E}>0$)\cr
0 & otherwize}
\end{displaymath} (17)

これから、まず密度を $\Psi$ の関数として求められる( $v^2 = 2\Psi \cos
\theta$ なる変数変換のあと)。で、答えは
\begin{displaymath}
\rho = c_n \Psi^n \quad (\Psi > 0)
\end{displaymath} (18)

となる。ただし、 $c_n$が有限になるためには $n>1/2$でないといけない。

上を使ってポアソン方程式から $\rho$を消去すると

\begin{displaymath}
{1 \over r^2} {d \over dr} \left(r^2{d \Psi \over dr}\right) + 4\pi G
c_n \Psi^n = 0
\end{displaymath} (19)

変数を適当にスケーリングして

\begin{displaymath}
{1 \over s^2} {d \over ds} \left(s^2{d \psi \over ds}\right) + \psi^n = 0
\end{displaymath} (20)

としたものを Lane-Emden 方程式と呼ぶ。

実際には、上の Lane-Emden 方程式を解かないとポテンシャルや密度がどうなっ ているかはよくわからない。で、一般の $n$ ではこの方程式には初等的な解 はないが、 $n=5$ の場合には解があることが古くから知られている。これは

\begin{displaymath}
\phi = {1 \over \sqrt{1 + {1 \over 3} s^2}}
\end{displaymath} (21)

の形をしている。これが Lane-Emden 方程式を満たしていることは各自確かめ ること。さらに、密度は$c_5\phi^5$で与えられることになる。

密度が $r=0$ で有限で、 $r\rightarrow \infty$$1/r^3$より速く落ちる ので、質量は有限である。

これは、天文学的になにか素晴らしいものであるというわけではないが、球状星 団のうち中心密度が低いものにはまあまあ似ていなくもない。とりあえず、こ れの意味は、解析関数で簡単に書ける自己重力系の self-consistent なモデ ルであるということである。

プラマーモデルは、いろんなシミュレーションの初期条件として使われること が多い。

10.2 Hernquist Model

プラマーモデルはその存在が前世紀から知られているが、こちらは論文が発表 されたのが 1990 年(というわけで、 Binney & Tremaine のときにはまだ知 られていなかった)という、非常に新しいモデルである(Hernquist, L., 1990, ApJ 356, 359)。これは、ポテンシャルを

\begin{displaymath}
\Phi = -{1 \over r + a}
\end{displaymath} (22)

で与える。密度分布は
\begin{displaymath}
\rho = C{a^4 \over r (r+a)^3}
\end{displaymath} (23)

で書ける。分布関数は求まっているが、めんどくさいのでここには書かない。 とりあえず、密度とポテンシャルがコンシステントになっていることは確認し てみよう。なお、一般に球対称ならば
\begin{displaymath}
{d \Phi \over dr} = GM_r/r^2
\end{displaymath} (24)

であることに注意。これは、単に半径 $r$ のところでの重力加速度である。

Hernquist Model には、「$r^{1/4}$則をかなり良く再現する」という著しい特 徴がある。

12cm \epsffile{hernquist90fig4.ps}

$r^{1/4}$則については後でその物理的解釈も含めて詳しく議論することにし たいが、要するに、観測される楕円銀河の表面輝度の対数(要するに等級です ね)が、半径の$1/4$乗に対して直線にのって見えるというものである。この 性質と、一応解析関数で分布関数が書けるということのために、楕円銀河やダー クハローのモデルとして広く使われるようになってきている。

ただし、このモデルにはいくつか妙な性質もあり、それについてもまた後で触 れることになるはずである。

10.3 等温モデル

前回、無衝突ボルツマン方程式の定常解は熱平衡とは限らないし、そもそもエ ントロピーが発生しないのだから系が熱平衡に向かって進化するとも限らない という話をした。が、後で出てくるようないくつかの理由から、熱平衡状態に ついて良く理解しておくことは結構大事である。 熱平衡状態では(古典統計なので)分布関数はマックスウェル-ボルツマン分 布、すなわち

\begin{displaymath}
f({\cal E}) = {\rho_1 \over (2\pi \sigma^2)^{3/2}} e^{{\cal ...
...\sigma^2)^{3/2}} \exp\left({\Psi -
v^2/2\over \sigma^2}\right)
\end{displaymath} (25)

で与えられなければならない。 まず、例によってこれを速度空間で積分して密度をポテンシャルの関数として 表す。この時に誤差関数についての
\begin{displaymath}
{2 \over \sqrt{\pi}}\int_0^{\infty} e^{-x^2} dx = 1
\end{displaymath} (26)

を使うと、
\begin{displaymath}
\rho = \rho_1 e^{\Psi/\sigma^2}
\end{displaymath} (27)

ポアソン方程式にこれを入れると
\begin{displaymath}
{1 \over r^2} {d \over dr} \left(r^2 {d \Psi \over dr}\right) = -4\pi
G \rho
\end{displaymath} (28)

従って、
\begin{displaymath}
{1 \over r^2} {d \over dr} \left(r^2 {d \log \rho \over dr}\right) =
-{ 4\pi G \sigma^2}\rho
\end{displaymath} (29)

後はこれを数値的に解くわけだが、まず、一つ特別な解があるということを指 摘しておく
\begin{displaymath}
\rho = {\sigma^2 \over 2\pi Gr^2}
\end{displaymath} (30)

は、上の方程式を満たし、解の一つとなっている。これを singular isothermal sphere と呼ぶ。これは self consistent なモデルではない。と いうのは、質量が $M_r \propto r $ となって有限ではないからである。が、 例えば銀河ハローの中心部、あるいは楕円銀河についても中心部についてはこ れで比較的良く近似できるものもあるということがわかっている。

特に、渦巻銀河については、「回転速度が中心からの距離に(あまり)依存し ない」(いわゆる flat rotation curve)という性質が知られていて、これを 説明するためには上のような $\rho \sim 1/r^2$のダークハローが必要である ということになっている。

特別ではない解は、中心密度を有限にして中心から外側に向かって解いていけ ばいい。この時でも、 $r\rightarrow \infty$ の極限では singular isothermal に近付く。

10.3.1 流体との関係

等温モデルは、エントロピー極大であり、分布関数がボルツマン分布になって いるという特別な性質がある。このため、等温ガス球と実は同じ構造をとる。 以下、ガス球について方程式を導いておく。 静水圧平衡の式は

\begin{displaymath}
{dP \over dr} = -rho {GM_r \over r^2}
\end{displaymath} (31)

である。状態方程式に等温の
\begin{displaymath}
P = {k_B T \over m} \rho
\end{displaymath} (32)

を使って$P$を消して、さらに $M_r$ を微分してみれば、係数を別にして
\begin{displaymath}
C {d \over dr} \left(r^2 {d \log \rho \over dr}\right) =
-{ 4\pi G }\rho r^2
\end{displaymath} (33)

要するに、 stellar system とガスで同じ方程式になっている。

なお、ポリトロープでも、ポリトロピックな状態方程式を持つガス球の密度分 布と stellar system のそれとは一致する。が、等温モデルの場合とは実は本 質的な違いがある。等温モデルの場合は、分布関数そのものが一致する(ボル ツマン分布であり、局所的にも大局的にもエントロピー最大)が、一般のポリ トロープではそんなことはない(そもそもガス球ではジーンズの定理が成り立 たないし、局所的にはボルツマン分布であるから)。


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Jun Makino
2003/10/5