Press release 2004/4/14
解禁時刻: 2004/4/15 午前2時(4/15 の朝刊以降)
東大、理研の研究者を中心とする国際共同研究グループが、近傍のスターバー
スト銀河M82 に発見された太陽の質量の一千倍近くの質量を持つ「中間質量ブ
ラックホール」がどのように形成されたかを解明しました。この成果は 4/15
日発行の英国の科学雑誌「Nature」に発表されます。
この X 線源の解釈としては、太陽の 1000倍ほどの質量を持つブラックホール というのがもっとも自然なものです。この発見以前には、ブラックホールとし ては太陽の質量の 10 倍前後の「恒星質量」ブラックホールと、銀河の中心に あり太陽の100万倍以上の質量を持つ超巨大ブラックホールしか知られていな かったので、この「中間質量」ブラックホールの発見は、新種のブラックホー ルの発見というだけでなく、超巨大ブラックホールの形成メカニズムの理解の 手がかりとなる可能性が高いという意味でも注目されました。
東大・理研グループは、これらの新発見に対する統一的な解釈として、 2001年に「若い星団の中で恒星が暴走的に合体し、大質量星となってそれがブ ラックホールになる」という中間質量ブラックホール形成のシナリオを提案し ていました。しかしながら、実際に M82 の中間質量ブラックホールがある星 団でそのようなことが起こるかどうかについては、星団がどのようなものであ るかがはっきりしなかったために謎のままでした。このために、東大・理研グ ループのシナリオは有力なものの一つと考えられはしたものの、決定的なもの となるにはいたりませんでした。
2003 年になって、ハッブル宇宙望遠鏡による近赤外線観測でこの星団を含む M82 のスターバースト領域のいくつかの星団の明るさ、大きさが精密に決定さ れ、さらにハワイの Keck 望遠鏡による分光観測で星団の中の星の速度分布が わかりました。これらの観測データを使うと、計算機シミュレーションによって 星の暴走的な合体が起きるかどうかを判定することが可能になります。このた めは、いろいろな初期条件から星団の進化のシミュレーションを行い、大きさ、 明るさなどが観測と一致するようにした上で、その途中に暴走的な合体が起こっ たかどうかを調べればよいのです。
暴走的な合体が起きるかどうかを確実に判定するには、実際の星団に含まれる 星の数になるべく近い数の星から出来た星団を計算機の中に作って、その進化 を調べる必要があります。これは従来はあまりに膨大な計算量のため不可能でし たが、東大の開発した世界最高速の多体問題専用計算機 GRAPE-6 によってそ のような大規模なシミュレーションが可能になりました。
シミュレーションの結果、中間質量ブラックホールがある星団 (MGG11) の場 合には、星団の中心で大質量星の暴走的合体が起こり、太陽質量の 1000倍程 度の超大質量星が形成されることがわかりました。 このような超大質量星は 質量をあまり失わないでブラックホールになると考えられており、シミュレー ションでは中間質量ブラックホールが形成されたということになります。
これに対して、 M82 のスターバースト領域の中で最大の星団(MGG9) では は、その質量が MGG9 の 4 倍と大きいにもかかわらず明るい X 線源は見つかっ ておらず、これまではその理由は謎でした。しかし、 GRAPE-6 によるシミュ レーションでは、 MGG9 では星の暴走的な合体は起こらなかったのです。この 違いは、理論的には「緩和時間」の違いによります。
星団の中では重い星は次第に運動エネルギーを失って星団の中心に沈んでいき ますが、どれくらい速く沈むかを決めるのがこの「緩和時間」です。MGG11 に 比べて MGG9 は緩和時間が 5 倍も大きいために、重い星が中心に沈む前に寿 命がきてしまうのです。
これらの結果は、大質量星の暴走的な合体が MGG11 では 実際に起こった可能性が極めて高いことを示唆しています。 言い換えると、 中間質量ブラックホールの形成メカニズムとして大質量星の暴走的な合体が最 も自然なものであるということです。
カリフォルニア大学バークレー校のマッククラディ博士は、今回の成果に ついて、「中間質量ブラックホールの存在についてはずっと議論が続いてきま したが、もっとも大きな問題は信頼できる形成メカニズムがないことでした。 今回の結果は、理論的に信頼できる形成メカニズムを与えただけでなく、銀河 形成初期にどうやって大質量ブラックホールができたかという謎の理解にもつ ながる重要なものです」と述べています。
この国際共同研究グループのメンバーは、ホルガー・バウムガルト(理研)、牧 野淳一郎(東大)、サイモン・ポーテギース=ツバート(アムステルダム大学)、 ピート・ハット(プリンストン高等研究所)、スティーブ・マクミラン(ドレク セル大学)です。
問い合わせ先:
牧野淳一郎 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻 113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 Tel 03-5841-4276 Fax 03-5841-7644(学科事務) Email: makino@astron.s.u-tokyo.ac.jp このページの URL:http://grape.astron.s.u-tokyo.ac.jp/press/2004-nature.html
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(国立天文台/NHK 提供) すばるによる M82 のイメージ。
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三浦均助教授(武蔵野美術大学)による星団 MGG11 のイメージ。星
団のデータは本研究のシミュレーションによる。ハメコミ画像は
Vassar College の Dr. James Lombardi による星の衝突のシミュレーション
のイメージ。
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Chandra による M82 のX線源のある領域の画像。画像は松本他(2001)に
よる。最も明るいX線源はほぼ画面の中心にある。 McCrady による赤外線観測
からの星団の位置は四角及び丸で示してある。四角は MGG-9 (左)と MGG-11
(右)である。
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衝突・合体による星の成長の成長結果。横軸は時間(100万年単位)、縦軸は星
の質量(太陽の質量を単位)である。複数の線は、星団の初期分布や星の進
化モデルを変えて行った結果である。星マークは超新星爆発を起こしてブラッ
クホールになった時刻を表す。
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横軸に力学的摩擦のタイムスケール(2体緩和のタイムスケールに比例する)、
縦軸に初期の星団の中心コアの大きさをとった時の、暴走的成長が起きる条件。
黒丸は暴走的成長が起きたモデル、白丸は起きなかったモデルを表す。
矢印はそれぞれ MGG-11 と9の力学的摩擦のタイムスケールである。
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計算に使われた東大の天文シミュレーション専用計算機GRAPE-6。
ピーク性能 64 テラフロップスと現在世界最高速の計算機である。
用語解説