Press release 2003/11/26
ハイ・パフォーマンス・コンピューティングの世界におけるもっとも権威ある
賞の一つであるゴードン・ベル賞を、東京大学の牧野淳一郎(理学系研究科助
教授)、福重俊幸(大学院総合文化研究科助手)、国立天文台理論天文学研究系の小久保英一郎、台坂博が受賞しました。
ゴードン・ベル賞は 計算機設計者として著名なゴードン・ベル氏が並列計算
技術の推進のために1987年に創設した賞で、米国電気電子学会コンピューター
協会(IEEE Computer Society)によって運営されています。毎年、並列計算機
を実用的な科学技術計算に応用し、最も優れた性能を出した人々に与えられて
きました。審査で受賞者がきまります。毎年米国で開かれるスー
パーコンピューティング国際会議の会場で授賞式および受賞内容の講演が行な
われています。今回もアリゾナ州フェニックスで開かれたSC2003(11月15日〜21日)
で発表され20日に授賞式がありました。
受賞した計算は、東大が開発した GRAPE-6 システムによる
太陽系外縁部のカイパーベルトの太陽系形成初期におけ
る進化の多体シミュレーションであり、33.4 Tflops という世界最高速の
実効性能を達成したことが評価されたものです。1 Tflops (テラフロップス)
は、1秒に 1兆回計算をするという速度で、33 Tflops は、最新のパソコン数
万台に相当する性能になります。
GRAPE
システムは、東京大学が 1989 年から開発している天文シミュレーションのた
めの専用計算機です。GRAPE-6 の全体が完成したのは 2002年ですが、 2000年、
2001 年には現在の GRAPE-6 の 1/20 および 1/2 のシステムでのシミュレー
ションが Gordon Bell 賞を受賞しています。
一連の GRAPE システムがこのような優れた性能を実現できたのは、基本的に
は GRAPE が問題に特化した専用計算機であるからです。天文シミュレーショ
ンのなかでも、 GRAPE が扱うのは太陽系や銀河のような、多数の天体がおた
がいの重力を受けて運動しているようなシステムです。このようなシステム
のシミュレーションでは、計算時間のほとんどが重力の計算にかかります。したがっ
て、重力の計算だけを速くすれば、計算全体を速くすることができることになります。
具体的には、現在の主流であるマイクロプロセッサを多数並列に並べた超並列
計算機に比べると、同じ計算に対して同じ費用でほぼ100倍の性能を達成でき
ています。例えば、現在汎用の超並列計算機で世界最高速である地球シミュレー
タのピーク性能は 40 Tflops ですが、開発費用は400億円、1年間の電気料金
だけで10億円近いと言われています。 GRAPE-6 は名目のピーク性能で 64
Tflops と40Tflops の地球シミュレータを上回るだけでなく、実際の科学技術
計算での実効性能でも 33.4 Tflops とこれまで地球シミュレータが達成した
最大値である 26.6 Tflops を 25% 上回っています。開発の総費用は5億円でした。
このように、汎用計算機が急速に大型化、高コスト化している一つの理由は計
算機技術の限界にあります。半導体技術は急速な進歩を続けているのですが、
それを計算機の性能向上に結びつけることが難しくなってきているのです。
GRAPE のような専用計算機は、汎用計算機の限界を越えて発展を続けることが
できるため、今後ますます重要になると期待されます。
また、天文学以外の分野への応用も、理研の MDMの他、富士ゼロックスの
MD-Engine や画像技研の ITL MD-1 などのように商品化されたものもあり、次第に広がりつつあります。
問い合わせ先:
Year Winner Application(s) Performance 1988 Phong Vu (Cray Research) et al. Static finite element analysis 1 Gflop on 8-proc. Cray Y-MP 1989 Mark Bromley (TMC) et al. Seismic data processing 6 Gflops on a CM-2 1990 Mark Bromley (TMC) et al. Seismic data processing 14 Gflops on a CM-2 1992 Salmon and Warren (Clatech/Los Alamos) Astrophysics 5 Gflops on Intel Touchstone Delta 1993 Long et al. (Penn. State U.) Shock modeling with Boltzman equation 60 Gflops on CM-5 1994 Womble, et al (Sandia) Structual mechanics using BEM 140 Gflops on Intel Paragon 1995 Yoshida et al. (NAL) QCD 179 Gflops on NWT 1996 T. Fukushige and J. Makino (U. Tokyo) Astrophysics 333 Gflops on GRAPE-4 1997 Warren and Salmon (LANL/Caletch) Astrophysics 430 Gflops on ASCI RED 1998 Ujfalussy, et al. (ORNL) Material Science 657 Gflops on Cray T3E 1999 Mirin, et al. (LLNL) CFD (Turbulence) 1.18 Tflops on ASCI BP 2000 Makino/Ebisuzaki (U. Tokyo/RIKEN) Astrophysics/Material Science 1.349 Tflops on GRAPE-6/MDM 2001 Makino and Fukushige (U. Tokyo) Astrophysics 11.55 Tflops on GRAPE-6 2002 Shingu et al. (ESC) Earth Science 26.6 Tflops on ES 2003 Makino et al. (U. Tokyo/NAOJ) Astrophysics 33.4 Tflops on GRAPE-6
赤は GRAPE によるもの
ゴードン・ベル
牧野淳一郎
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻
113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
Tel 03-5841-4276 Fax 03-5841-7644(学科事務)
Email: makino@astron.s.u-tokyo.ac.jp
このページの URL:http://grape.astron.s.u-tokyo.ac.jp/press/2003-gbprize.html
過去のゴードン・ベル賞(性能部門)
速度の歴史
GRAPE に与えられた過去のゴードン・ベル賞(全部門)
年 |
部門 | 記録 |
1995 | 特別(専用計算機) | (529 Gflops) |
1996 | 性能 | 333 Gflops |
1999 | 価格性能比 | 7$/Mflops |
2000 | 性能 | 1.349 Tflops | 2001 | 性能 | 11.55 Tflops | 2003 | 特別賞 | 33.4 Tflops |
GRAPE-6 プロセッサボード
GRAPE-6 はこのプロセッサボード 64 枚からなる。1枚のプロセッサボードには32個のプロセッサ LSI (写真では黒いヒートシンクの下)が搭載されている。各プロセッサチップは粒子間相互作用を高速に計算するために開発されたカスタム LSI であり、90MHz で動作して 31 Gflops の計算速度を持つ。この速度は最新のパーソナルコンピュータの CPU (Intel Pentium 4 3.2 GHz) のおよそ 10 倍であり、しかも消費電力は約 1/10 となっている。