東京大学の GRAPE-6 によるシミュレーション、新種ブラックホールの発見を否定する結果に |
プレス・リリース 平成15年1月10日
東京大学大学院理学系研究科/NASA/ドレクセル大学/アムステルダム大学
東京大学の天文シミュレーション専用計算機 GRAPE-6 を使ったシミュレーショ ンにより、昨年9月の、ハッブル宇宙望遠鏡による観測で球状星団の中心に新 種のブラックホールが見つかったという発表には間違いがあったことが明らか になりました。 GRAPE-6 の結果は1月1日付けのアストロフィジカルジャーナ ルに掲載されます。
左は球状星団 M15 (NASA Questより) 右は GRAPE-6 です。
詳細
昨年9月に、「中間質量」ブラックホールがついに発見されたという発表をハッブル宇宙望遠鏡科学研究所が行いました。ハッブル望遠鏡を使った観測によれば、 2つの球状星団、
M15 とアンドロメダにある G1、
の中心に太陽の数千倍の質量の中型ブラックホールがあるように見えたのです。
「恒星質量」ブラックホールは太陽の十倍程度の質量です。これに対して、銀
河中心にある巨大ブラックホールは太陽の数百万から十億倍にも及ぶ質量をも
ちます。ごく最近まで、その中間の大きさのブラックホールは見つかっていませんでした。
しかし、東大、プリンストン高等研究所、ドレクセル大学、アムステルダム大 学の研究グループの結果によれば、球状星団 M15 の中心の秘密を手にしたというにはまだ時期尚早だったようです。
アストロフィジカル・ジャーナル(天体物理学雑誌)に今月発表された、最新の コンピュータシミュレーションは、おなじ観測データに別な解釈を与えていま す。球状星団 M15 については、起源がわからない新種のブラックホールに代 わる解釈は、多少退屈なもの、つまり中性子星や白色矮星のような、普通の星 の進化の最終段階にできる小さくて密度が高い星の集まりです。小さなブラッ クホールはあるかもしれないですが、全くないかもしれません。中間質量ブラッ クホールの存在が報告されたもう片方の球状星団、これはG1 と呼ばれるもの ですが、こちらはシミュレーションの対象にはなっていません。
球状星団 M15 の中心には一体なにがあるのかということは、20年以上にわたっ て天文学者達を悩ませてきました。何度も、M15の中心にはブラックホールがある はずだという主張が現れました。その根拠は、中心では非常に狭いところに非常に沢山の 星があることと、中心近くの星の運動速度が、そこにある星の重力だけを受け て運動しているとした時に予測されるよりも大きいということを示唆する観測 結果でした。もしも速度が間違いなく大きいなら、M15 の中心に見えない質量 が隠れていることの決定的な証拠になるのです。
M15 の秘密を探るためにハッブル宇宙望遠鏡を何年にもわたって使ってきた天 文学者のチームは、数ヶ月前に、ついに答を手中にしたと考えました。困難 なデータ処理を行い、その結果をインディアナ大学のグループの以前のモデル 計算の結果と比べた後で、彼らはブラックホールを発見したと発表したのです。
発表のあと何時間もたたないうちに、世界中の天文学者達が彼らの論文とその 驚くべき結論の詳細な検討を始めました。 そういった天文学者達の中に、世界最高速の計算機である東京大学のGRAPE-6 を持つグループがいました。彼らはちょうど M15 のような球状星団について GRAPE-6 を使って一連のシミュレーションを行っていて、その結果を使って M15 にブラックホールがあるという主張を独立にテストすることにしたのです。 GRAPE-6 を使えば、球状星団の星1つ1つの運動をシミュレーションすることが できます。これは、球状星団のもっとも進んだ、精密なモデルです。このモデ ルを使った結果、ブラックホールなしで観測結果を説明できることがわかりま した。
シミュレーションの結果、重い星の超新星爆発の残骸である中性子星や、それ より少し軽い星の最後の姿である白色矮星が球状星団の中心に集まってくるこ とがわかりました。球状星団は宇宙初期に出来たものであるため、寿命が短い、 重い星は既に寿命がきています。このために、まだ残っている星は太陽よりも軽 いものです。中性子星や重い白色矮星は、まだ残っている星よりも重いので、星団の中心に沈みこんでいくのです。
中性子星や白色矮星は暗い星なので、星団の中心には星で見えるよりも沢山の 質量があることになります。ハッブルチームがブラックホールと解釈したもの は、中性子星や白色矮星の集まりと考えられます。
GRAPE グループのメンバーは、東京大学のホルガー・バウムガルト、牧野淳一郎、プリンストン高等研究所のピート・ハット、ドレクセル大学の スティーブ・マクミラン、アムステルダム大学のサイモン・ポーテギースツバー トです。
ハッブルチームに GRAPE グループが彼らの結果を知らせた時には、実は ハッブルチームもインディアナ大学のグループと共同して結果を再検討し、 同様な結論に達していました。3グループは、もしもブラックホールがあったとし ても、最初の発表よりはずっと小さいものであるということで一致しました。問題は、インディアナ大学のグループによって最初に発表された論文のグ ラフの1つの目盛りが間違っていたことでした。そのために、ハッブルチー ムの解析が狂ってしまったのです。
GRAPE グループの結果はアストロフィジカル・ジャーナルの1月1日号に掲載さ れます。ハッブルの結果の修正は1月のアストロノミカル・ジャーナルに掲載さ れます。インディアナ大学グループの結果もアストロフィジカル・ジャーナルに 掲載が決まっています。
本件につきましては、東大は記者会見等を行う予定はありません。詳細につい ては、以下の連絡先まで御照会下さい。
本件に関する問い合わせ先:
牧野淳一郎
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻
113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
Tel 03-5841-4252/4276 Fax 03-5841-7644(学科事務)
Email: makino@astron.s.u-tokyo.ac.jp
関連リンク
資料等
GRAPE-6 (32 Tflops) と牧野助教授
ハッブルチームのブラックホー ル発見を示す図。右側が、観測M15の星の速度分散と、モデル計算の比較。 モデル計算は下から順にブラックホールなし、ブラックホールの質量が太陽の 1000, 2000, .... 倍を仮定したモデル。3000倍のモデルがもっとも良く観測と一致している。
GRAPE グループのシミュレーション結果。シミュレーションではブラックホールができていないが、ハッブルチームがやったのと同じ方法でシミュレーション結果を解析するとブラックホールがあるように見えることを示す。