東京大学の GRAPE-5 IEEE ゴードン・ベル賞を受賞!

Press release 1999/11/22

ハイ・パフォーマンス・コンピューティングの世界におけるもっとも権威ある 賞の一つであるゴードン・ベル賞を、東京大学の川井敦(大学院総合文化研究 科博士課程3年)、福重俊幸(同研究科助手)および牧野が共同で受賞した。

ゴードン・ベル賞は 計算機設計者として著名なゴードン・ベル氏が並列計算 技術の推進のために1987年に創設した賞であり、米国電気電子学会コンピュー ター協会(IEEE Computer Society)によって運営されている。並列計算機を実 用的な科学技術計算に応用し、その年にもっとも優れた性能を出した人々に与 えられる。実効性能、価格性能比、コンパイラの三つの部門があり、それぞれ 応募があったものの中から審査で受賞者がきまる。毎年米国で開かれるスーパー コンピューティング国際会議の会場で授賞式および受賞内容の講演が行なわれ ている。今回もポートランドで開かれた SC'99(11月16日〜19日)で発表があった。

受賞した計算は、東大が開発した GRAPE-5 システムによる宇宙の大規模構造 形成の多体シミュレーションであり、価格性能比部門で、 7$/Mflops という 値を達成したことに対して与えられた。1 Mflops (メガフロップス)は、1秒 に 100万回計算をするという速度である。計算に使用された GRAPE-5 システ ムは総額 470万円で、実効性能 5.92 Gflops (Gflops は Mflops の千倍で、 一秒に10億回計算をする速度)を実現した。なお、GRAPE-5 は、日本学術振興 会未来開拓学術研究推進事業「計算科学」部門の「次世代超並列計算機開発」 プロジェクトの一環として開発されたものである。

GRAPE システムは、東京大学が 1989 年から開発している天文シミュレーショ ンのための専用計算機である。 1989 年に最初の GRAPE-1 (240Mflops), 1991 年に GRAPE-3 (15Gflops), 1995年に GRAPE-4 (1.08 Tflops, Tflops は Gflops のさらに 1000倍の速度)と高い性能を実現し、多様な天文学的な成果 をあげてきた。成果の一つは、東工大・東大グループによる月の形成のシミュ レーションである。また、 GRAPE-4 はすでに 1995年、 1996年にもゴードン・ ベル賞を受賞している。

GRAPE-5 は 、1台での速度は約 40 Gflops と GRAPE-4 に比べて速くはない が、製造コスト、消費電力、物理的サイズのどれをとっても GRAPE-4 に比べ て10倍程度改良されている。1台の大きさが 35cm x 30cm x 8 cm と小型パ ソコン程度であり、2-4台を並列に使うことで、 ピーク性能 100 Gflops を超 える超高速計算システムをデスクトップで実現する。この性能は、最新鋭のスー パーコンピュータ、例えば東京大学情報基盤センターの SR-8000 のほぼ1/10 にあたる。価格差がほぼ 1000 倍あるので、価格性能比としては GRAPE-5 の ほうが 100 倍ほど良いことになる。もちろん、 GRAPE-5 では天文シミュレー ションに専用化することによって特別に良い性能を達成しているのであり、汎 用計算機としては SR-8000 の性能は世界最高クラスであることはいうまでも ない。 ハイエンドのスーパーコンピュータではなくパソコンと比べてみると、 GRAPE-5 の性能は、インテル社の最新鋭のCPU チップである Coppermine (ペ ンテアム III 733MHz)の100倍以上である。逆にいえば、パソコン 100台を並 列に使えば、理論上は今回受賞した GRAPE-5 と同等の計算速度が実現できる。 しかしながら、価格、占有スペース、消費電力、信頼性のどれをとっても、 GRAPE-5 が数倍から 数十倍優れている。

一連の GRAPE システムがこのような優れた性能を実現できたのは、基本的に は GRAPE が問題に特化した専用計算機であるからである。天文シミュレーショ ンのなかでも、 GRAPE が扱うのは太陽系や銀河のような、多数の天体がおた がいの重力を受けて運動しているようなシステムである。このようなシステム のシミュレーションでは、計算時間のほとんどが重力の計算にかかる。したがっ て、重力の計算だけを速くすれば、計算全体を速くすることができるのである。

重力の計算は、比較的単純な繰り返し計算であるので、専用計算機はプログラ ムするのではなく計算全体をハードウェア化する形にできる。(GRAPE の名前 は GRAvity piPE, つまり重力を計算するパイプライン型プロセッサという意 味である)これにより、 GRAPE-5 の場合ではプロセッサチップ1個あたり 5 Gflops と、現在の最高速の CPU の 10倍近い性能を実現した。さらに GRAPE-5 1台(プリント基板1枚)に8プロセッサチップをのせ、それらを並列 に使うことができている。これに対し、ペンテアムのような汎用プロセッサで は、多数のプロセッサを使ったシステムを作るのは難しい。 GRAPE では専用 化したため使い方が一通りしかなく、実現が容易になっているのである。

なお、現在はさらに高速な GRAPE-6 を開発中であり、これは来年度に基本シ ステムが完成する予定である。全体が完成したときには、 100 Tflops を超え るピーク性能を実現する予定であり、これは東大のスーパーコンピュータの 100倍の性能にあたる。この GRAPE と同じ考えに基づいて、理化学研究所の戎 崎情報基盤研究部部長のグループでは、タンパク質等の生体高分子や固体、液 体の性質を分子レベルで直接シミュレーションする分子動力学法のための専用 計算機を開発中であり、これについては先に開発状況について理研から発表が あった通りである。

ゴードン・ベル賞

GRAPE-5

シミュレーション結果の一例


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