力学的にもっともらしい揚力の説明は、翼の前方では水平であった流れが翼の 後方では下向きの成分を持つことによって運動量が変化しており、その反作用 として翼は揚力を感じるというものである。これは直観的には正しくないとい けないような気がするわけだが、2次元翼では実は正しくない。
というのは、例えば前節の円弧翼の場合では、流れ場は前後対称であり、後方 で持つ下向きの運動量と全く同じだけの上向きの運動量を前方の流れはもって いるからである。
なお、距離を無限にもっていくと速度は距離に反比例して 0 に近づくが、そ の代わり虚軸方向に離した時になかなか 0 にいかなくなるので虚軸方向でマ イナス無限大からプラス無限大まで積分した時の運動量フラックスは同じにな る。さらに、これを前方、後方の両側で計算して合計したものは循環から計算 した揚力とちょうど同じになる。
では3次元ではどうかというわけであるが、ここでは流れは前後対称ではない ことに注意してほしい。ランチェスター・プラントルの有限翼の理論では、翼 の後ろでは翼端で出来た平行で逆回転する2本の渦(いわゆる自由渦)が無限に 後ろまでつながっている。この 2 本はお互いに速度を与え、同じ速度で下に さがっていく。本によっては、この渦によって、渦にはさまれた領域が下向き の運動量をもって、それが揚力に一致するとか書いてあるらしい(未確認)。
まあ、とにかく2次元の場合との違いはあって、それが誘導抗力である。これ がどういうものかを考える。無限遠のことはさておき、翼の近くを考えるとさっ きの自由渦が下向きの速度を励起するので、翼に吹き込む流れが実効的には斜 め上から入ってくることになりその分揚力が後ろ向き成分、つまり抗力をもつ ことになる。というのが普通の説明である。この説明はこれでもちろん正しい。
ここで問題は、運動量変化で揚力(と、この場合は抗力も、、、)説明できるか どうかと、 「翼の前では水平」という説明が定量的に正しいかどうかである。
以下、とりあえず簡単のため、渦が束縛渦と、それが翼端で 90 度曲がって後 下方向に延びる2本の自由渦という一つながりのものだけであり、自由渦もまっ すぐであると仮定する。
すぐに分かることは、自由渦はネットの運動量変化をもたらさないということ である。これは考えてみるとすぐに分かることで、渦糸の回りの流れは回転対 称なので、右側で積分した運動量フラックスと左側で積分したのはちょうどキャ ンセルする。 なお、渦が傾いていることは無視した。渦が一本なら傾いてい てもこの議論は正しいが、2本あると運動量フラックスに誘導速度の 2 乗の成 分がはいってくるので話がややこしくなる。これは抗力には関係するのかもし れない。
束縛渦のほうはどうかというと、誘導速度は距離の 2 乗に反比例するが、影 響を受ける範囲は距離の2乗で広がるので運動量フラックスは一定であり、前 後で絶対値が等しく符号が同じである。 つまり、状況は2次元の場合と本質的 には同じである。
つまり、「翼の前では水平」という説明は3次元になっても正しくない。
これはいろいろ直観にあわないような気がするのも確かで、もっとちゃんとし た考察が必要だと思う。例えば、ちょっと考えると、誘導抗力の分流体はネッ トで進行方向向きの運動量をもらっている。それが速度場にどう表現されてい るのかはどうもはっきりしない。