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2 なにが問題か?

まず、なぜそんなことを考えるかということについて。以下、特に断わらない限り2次元の完全流体を考える。とりあえずは同時到着のほうについて。

教科書的な説明をとるなら、揚力は翼の表面回りの圧力を積分することで求め られる。圧力はどうやって求めるかといえば、表面での流速がわかっていれば ベルヌーイの定理により圧力が定められる。これを積分すればよい。このため、 圧力の積分は流速の関数の積分に置き換えることができる。

さて、2次元完全流体の流れの特徴は、それが正則な複素関数であるというこ とである。閉曲線にそった正則複素関数の積分には、その値がその中にある極 (関 数の値が 0 になるところ)の回りの振舞いだけで決まる、つまり同じ極の回り の閉曲線にそった積分の値はどういうふうに閉曲線をとっても変わらないとい う目覚ましい特徴がある。

これはコーシーの定理、あるいは留数定理と言われるもので、複素関数論の中 でもっとも強力かつ有用な定理である。

と、能書きはさておき、このコーシーの定理の直接の帰結として、流体力学に おけるクッタ・ジューコフスキーの定理が導かれる。これは、2次元翼が受け る揚力は、

\begin{displaymath}
L = -\rho U \Gamma
\end{displaymath} (1)

と書けるというものである。ここで $L$ は揚力、 $\rho$は流体の密度、$U$ は無限遠方での流体の速度である。ここでは、無限遠方では流体の速度は一様で、実軸にそった流れであるとする。$\Gamma$ が循環と言われるもので、以下のよう に定義される。
\begin{displaymath}
\Gamma = \int \mbox{\boldmath$v$}\cdot d\mbox{\boldmath$s$}
\end{displaymath} (2)

完全流体で最初が渦なしの流れだと、ヘルムホルツの渦定理によって時間がたっ ても渦は発生しない。この時は、循環が 0 でないといけなくて、その結果揚 力は発生しない。現実の翼の回りの流れでは、上面で剥離が起きないうちは後 縁で上面と下面の流れが出会う必要がある。これは現実には境界層が発達し、 表面では粘性の効果で速度が完全に流体の場合とは変わることで実現される。

ここで、近似的にだが上下で速度が等しくなっている。というのは、そうでな いとすると流れが後縁を回り込む必要があるが、そういう流れは粘性があると 後ろに押し流されてしまうからである。このために、完全流体で後縁で上下 の流れの 速さが等しくなるように循環を人為的に設定することで、境界層の外側での流れを 非常に良く近似できる。これがクッタ条件、あるいは後縁条件と言われるもの である。

さて、上の説明から、上下の流れが満たすべき条件は、単に後縁で速度が同じ ということであって、前縁あたりで別れた流れが同時に到着するということで はない。 従って、同時に到着なんてことはあるはずがないのではないかという気がする わけである。ところが、いろんな一般向けの本や Web 上での解説を見ると 同時に到着するので上のほうが経路が長い分速度が速く、ベルヌーイの定理に よって圧力が下がる。これが揚力の起源であるとしているものが結構ある。

この説明の後半、上のほうが速度が速く、ベルヌーイの定理によって圧力が下 がる。というのはもちろん正しいので、この説明は受け入れやすいのかもしれ ない。というわけで、これが本当かどうか考えてみる。



Jun Makino
平成14年9月5日