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130. 重力波検出の意義と今後の進展(2016/2/12)

重力波が検出されました。ここではその科学的意義と今後するべきサイエンス について解説し、私見を述べます。

まず、何がどのようにして観測されたか、ですが、 論文 にあるように、 36 太陽質量(太陽の質量の36倍)のブラックホールと 29太陽質量のブラックホール同士の合体です。起こった場所は正確にはわから ないですが、我々からの距離はわかっていて13億光年です。

何故重力波を観測したというだけでブラックホールであるとか質量とか距離が いきなりわかるのか、というと、ブラックホールの合体、というイベントを考 えると、その最重要なパラメータは質量です。合計の質量で最後の合体の瞬間 にでてくる重力波の周期が決まり、質量の比もわかると振幅の絶対値が決まります。

さらに、最後の合体の前の数回転でどれくらいの速さで軌道が縮んだか、とい うことから、質量の比もわかります。このため、振幅の絶対値がわかって 距離もわかったわけです。

このような議論ができる、ということは、アインシュタインの一般相対性理論 と、それに基づいて近年行われてきた数値相対論を使ったシミュレーションの 結果が完璧に正しかった、ということを意味しています。間接的に示唆されて いただけの重力波が検出された、というだけでなく、一般相対性理論がブラッ クホールができるような強い重力場のところまで本当に正しい、と確認された わけです。これはもちろん極めて重要な成果です。

なお、天文学的には、観測されたイベントが30太陽質量くらいのブラックホール2個の 合体だったということは極めて重要です。というのは、これは全く予想外の 結果だったからです。

今回重力波を観測した装置は、アメリカの LIGO という機械です。同様な 機械がヨーロッパと日本でそれぞれ建設中で、日本のは今年夏から試験観測 の予定でしたが、しばらく前から動いていて着実に感度をあげてきた LIGO が順当に一番乗りとなりました。

しかし、これまで、最初に観測されるのは、太陽質量の 1.4倍程度の中性子星 同士の合体であると思われてきていました。理論的な研究もそちらが中心であり、 装置自体もその辺を中心に観測できるように設計されています。

これは、中性子連星はいくつか我々の銀河系の中でも見つかっており、 また宇宙年齢の間に合体すると予想されているものもあるからです。 これに対して、太陽質量の30倍もの大質量ブラックホールはまだ見つかってお らず、それが2つもあってさらにちょうど合体しました、というような ことは想像の範囲外だったわけです。

もうちょっと細かくいうと、中性子星より重いブラックホールの候補天体はい くつか見つかっており、これらは恒星質量ブラックホールと呼ばれています。 恒星質量ブラックホールの質量として確実といわれているものの最大値が今までは 太陽の10倍程度だった、ということです。

一方、太陽質量よりはるかに大きい、超大質量ブラックホール (supermassive blackhole) と呼ばれるものは、多くの銀河の中心にあることがわかっていま す。我々の銀河系の中心には400万太陽質量のブラックホールがあり、 大きなものでは推定される質量が太陽の100億倍を超えるものもあります。

しかし、太陽質量の10倍から100万倍のあいだのブラックホールはこれまで観 測的には見つかっていなかったのです。

(見つかっていないというといいすぎで、1000太陽質量程度のブラッ クホールである可能性がある X 線源は見つかっています。発見の経緯にはた またま私が書いた解説記事があります。 大質量ブラックホールの形成過程 : 恒星系の熱力学的進化の観点から。 但し、これは質量が測定できているわけではなく、確実にこの質量、とはまだいえていません)

ところが、重力波で実際に最初に見つかったのは太陽質量の30倍同士の合体で 60倍のものができる、というイベントでした。1例から何かを語るのはいかに も天文学者ですが、しかし、これはおそらく、LIGO ではこのあたりがもっと も観測されやすい、ということを意味します。

そう思って後知恵で考えると、30太陽質量程度のものの合体が観測された、と いうのは当然のことに思えます。ブラックホールの合体は、観測機器の感度が 極端に落ちない範囲で、質量が大きいものほど観測されやすいからです。

これは何故かというと、重力波の観測は、空間の伸び縮みを実際に測定してい て、この伸び縮みの振幅は、合体が起こった距離が同じなら、合体したブラッ クホールの質量に比例するからです。さらに、振幅は距離に反比例してしか 減りません。なので、質量が10倍だと、10倍遠くにあるものが検出されます。

もちろん、実際には感度は重力波の波長によります。特に、波長が長いほうは、 地上の観測装置は地震等による雑音があって急速に感度が低下するので、 あまりに巨大なブラックホールの合体は検出できません。その限界が、30Hz 程度にきます。

一方、 観測された波形はまさに30-100Hz のところにきており、もっとも検出 しやすいものであるということがわかります。

大雑把にいうと、30太陽質量のイベントは1.4 太陽質量のイベントに比べるて 20倍遠くまで見えるわけですが、若干感度が落ちるのでおそらく5-6倍だと思 います。6倍だとしても、体積として200倍大きな空間にあるイベントが見える わけですから、元々の発生率が 1/200 以下でなければ、 1.4 太陽質量のイベントよりも 30 太陽質量のイベントのほうが沢山見えることになります。なので、今回の 発見の意味することはおそらくそういうことで、 30 太陽質量のイベントは存在し、1.4 太陽質量のイベントの 1/100 よりだいぶ多い、 ということです。

そうすると、一体どうしてそんなものができ、何故今までX線や電波で観測さ れていなかったのか、ということが問題です。また、これで 10太陽質量から 100万太陽質量までのブラックホールの砂漠のうち、ほぼ100太陽質量までは実際に 観測され、ギャップが狭くなったわけですが、その上、数百太陽質量くらいか ら上はどうなっているのか、それをどうやって調べることができるのか、が問 題です。

まず、後者の、もっと重いブラックホールは観測できないのか、ということで す。この資料 では、LIGO の感度は10Hz 以下ではほぼ0になってしまうのですが、日本で建設中のKAGRA は 計画としては3Hz 程度まで感度があります。なので、100-300太陽質量程度ま で検出できる可能性があります。

これ以上、1000太陽質量を超えるようなものは、地震波ノイズを避けるため 宇宙で観測することが望ましいと考えられています。計画としては LISA というものがあり、これは非常に高い感度が目標になっていま すがまだそれを実現するための技術が存在していない状況で、実現の 目処がたっていません。100万太陽質量から上のイベントを狙うと、必要な感 度はLISA の目標より5桁程度悪くてよいので、そのようなミッションを 緊急に計画するべきだと私は思います。

次に、一体どうしてそんなものができ、何故今までX線や電波で観測されてい なかったのか、ということです。30太陽質量程度までのものを作る標準的なメ カニズムは、大質量星の重力崩壊です。進化の細かいところは実はまだよくわ かっていないのですが、50太陽質量程度より重い星は寿命がきたところでブラッ クホールになると考えられています。但し、その時にどれくらいの質量がブラッ クホールになるのか、といったことはまだよくわかっていません。 また、130-260 太陽質量の星は、ブラックホールになる前に pair instability supernova になってブラックホールを残さないで消滅するという 理論予測もあります。

実際に30太陽質量のブラックホールが観測された、ということは、おそらく、 これまで考えていたよりも30太陽質量のブラックホールはできやすい、 ということを意味します。100太陽質量程度の星から普通にできるのかもしれ ないし、もっと質量の小さな星がまるのままブラックホールになるのかもしれ ません。

さらに、30太陽質量のブラックホールを作るだけではだめで、 これを2つ、さらに宇宙年齢で合体できる程度の連星にする必要があります。 大質量星がはじめから連星で生まれて、それぞれがブラックホール になる時にも連星のままで生き残って、さらに宇宙年齢で合体できるほど近い 距離にある、というのが1つの可能性で、もうひとつは、球状星団や 若くて高密度な星団の中で、単独で生まれたブラックホールが力学的相互作用 の結果連星になる、というものです。このどちらであるか、を決めることがま ず理論と観測の大きなターゲットになると考えられます。

今回のイベントが、LIGO の感度をはるかに超える高い振幅なので、今後非常 に沢山のイベントがでてくると期待されます。なので、観測的には精密な 質量関数がでてくるので、それを説明する理論モデルの構築が急務です。もち ろん世界中で検討が始まっていると思いますが、日本も頑張りたいところです。
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