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108. 「スパコン 二番でもいいかもしれない」について(2011/11/15)

「京」というかHPCI推進プログラムがまた仕分けで取り上げられたのは 新聞等で報道された通りで、 11/14 にAICS視察があった模様です。 これについて、自民党の河野太郎衆議院議員がブログで記事を書いています。現在のところ スパコン 二番でもいいかもしれないスパコン京への疑問の2本です。

まず最初のほうから

  日本のスパコンは、スカラー型とベクター型をあわせたものでなければなら
  ないというのが当初の文科省の主張だったのに、ベクター型のNECと日立
  が撤退し、あっという間に富士通のスカラー型のみのスパコンになった。

  その際、スカラー、ベクターが必要だという当初の主張はどうなったのか。

  誰がどういう理由でスカラー型、ベクター型の混合型を主張していたのか、
  なぜ、それがスカラー型一本になったのか、なぜ、NECと日立が撤退した
  時に再度、議論が行われなかったのか。

  スパコンの開発そのものに関する議論がきわめて曖昧だ。
これはその、全くもっともというか、いわゆる「撤退」の本当の理由はもう ちょっと追求して欲しい気もします。ただまあ、4970 で書い たようにプロジェクトの進めかたの経緯から「スカラー型」と「ベクトル型」の 差が小さくなっていたのですから、そうなってしまってから2つ残してあったのが そもそもおかしかったわけです。

先週 NEC の将来計画というか、 2013-14 に出荷開始予定の次世代機の概要の アナウンスがありましたが、 B/F=1 と現行の SX-9(16CPUの場合 1.7) に比べ てもさらに低下します。スカラ部である Venus は 0.5 ですから、NEC の次世 代機がベクタ部に近いものであったとすると2倍しか違わず、初代地球シミュレー タに比べると 1/4 になっているわけです。電力当り性能も500Mflops/W 程度と 推測されるので、Venus の半分程度、つまり、電力当りのメモリバンド幅は同 じで、ベクタ型のメリットがなくなっています。製造コスト当りでも同様でしょ う。

  そして、自民党時代の事業仕分けから繰り返し問われている「なぜ一番でな
  ければならないのか」という質問に、まだ文科省は答えていない。
これについて、日本のスパコン開発の歴史を振り返ると、実は「一番」を公式 の目標にしたのは「京」が初めてのはずです。数値風洞、CP-PACS、地球シミュ レータと Top500 の一位にはなっていますが、これらはそれが目標、というわ けではありません。地球シミュレータ以外は1研究所とか1大学の通常の予算の 範囲でやった(まあ、プロジェクトの内部目標としてはもちろん世界一が頭に あったと思いますが)もので、世界一になるために予算をとったわけではあり ません。

これが、地球シミュレータでは、明示的ではありませんが実質は世界一のため に予算を確保、という性格になっています。このために NAL では引き受けき れなくなって、原研・JAMSTEC・JAXA の3機関連合になったわけです。

  ここで問われているのは、日本の科学の進歩にとって、世界で一番速いスパ
  コンが一台必要なのか、それとも二番目のスピードでもいいから複数台必要
  なのか、あるいは一番速いスパコンで、あるシミュレーションを行った場合
  と二番目に速いスパコンそして、自民党時代の事業仕分けから繰り返し問わ
  れている「なぜ一番でなければならないのか」という質問に、まだ文科省は
  答えていない。
この問いに対する答は本来簡単で、使う側からみた問題は価格性能比だ、とい うことです。一番速い計算機が一番安い(性能あたりで)ものであれば、それを 開発するべきというのは特に疑問の余地はないでしょう。

これは5年くらい前にこの文章のずーっと前のほうで色々議論した ことですが、昔の計算機、具体的には Cray-1 や、80年代の日本がアメリカと貿 易摩擦を起こしたころまでは、計算機は大きいほうが価格性能比が良かったわ けです。なので、大型の計算機を国家プロジェクトとしてでも開発する、と いうことには極めて重要な意義がありました。あらゆる科学技術計算の 役に立つものなので、その価格性能比向上は計算機が必要なあらゆる分野に 貢献するからです。

しかし、90年代になって並列計算機になると大きいほうが価格性能比がよいと いうわけではなくなります。並列化のために何かが余計に必要になり、効率も 落ちるし汎用でもなくなります。

この時点で、国家プロジェクトとして大型計算機を開発することの意義はそれ 以前とは全く変わったのに、その見直しは行われていません。

とはいえ、名目ピークの計算速度はほぼ価格に比例するので、買う予算がある 限り大きな計算機を買う、というのはそれほど無駄ではありません。アプリケー ションで効率がでなければ、分割して複数ジョブで使えるわけですから。 つまり、

  世界で一番速いスパコンが一台必要なのか、それとも二番目のスピードでも
  いいから複数台必要なのか
というのは、合計性能が同じならかかるお金はそんなに変わらない、という意 味ではあまり本質的な問いではありません。では、少し問いを変えて、 「10PFでないといけなかったのか?5PFでは駄目なのか」にしてみましょう。

この場合、「駄目」とはいいきれないのですが、問題は性能が半分になっても 費用は半分にならないことです。開発コストが大きくなっているからです。特 に「京」については、これがなければしなかったであろう 45nm プロセスへの 投資を富士通にやらせることになったために実効的なコストがふくらんでおり、 製造量を半分にしてもコストはあまり変わらない可能性すらあります。

プロセッサ開発は独自にやるとしても、単純に科学技術計算に使う計算機を作 る、という立場なら合理的な判断は 2003年頃以降ならば TSMC ないし IBM のファブを使うというもので、ファブまでやる、というのは正しい方針で はありません。ファブをやる、というのは、スパコン開発とは無関係の産業政 策的な意味を期待した、と考えないと理解できません。といっても、そう考え ても意味がある投資にはなっていません。富士通は45nm プロセスの量産ライ ンは作らなかったからです。

つまり、

  1. ベクタ、スカラの両方をやる、という判断は、その2つの違いがほぼなくなっ た時点でされた、という意味で明らかに間違っていた
  2. 90年代以降、大型計算機を国家プロジェクトで開発することの意義の多くは失われた。
  3. 10PF 程度を作る、というのは、半導体プロセス開発にも補助を出す、とい う方針であったとするならおかしな目標とはいいきれない
  4. が、半導体プロセス開発にも補助を出す、という方針はその当時から明ら かに間違いであった。

このように、1番がどうとかいう以前に「京」の開発方針は何重にも間違ってい るわけですが、その根本にある問題は、60-80年代的な、大型計算機の開発が半 導体技術の開発をドライブし、ひいては日本の産業全体を牽引する、という描 像が全く時代遅れになっていることを理解していない前世紀の遺物(といっても 必ずしも年寄りばかりでもないのですが)のような考え方で「汎用スパコン開発 は重要」と主張する人達によって方針が決定されてきた、ということと思いま す。

時差ぼけで眠いので「スパコン京への疑問」についてはまたあとで書きます。
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