49. 次世代スーパーコンピューターは一体全体どうなってるのか? (2007/6/12)
さて、1年ほど前に京速計算機はどうなってるか ( 23 ) というの
を書いたわけですが、それからどうなってるか、、、というお話です。
1年前には「しかし、このような評価・調整作業には時間がかかります。最初
の、アプリケーション毎の検討も、そもそもアーキテクチャのほうがまだよく
決まっていないし、アプリケーションが選定されたのは 4月ということですか
ら、まあ、少なくとも半年、出来れば1年程度の時間を掛けるべきでしょう。」
と書いたわけですが、別に私のいうことを聞いたというわけでは全然ないと思
いますが1年後の今になってもアーキテクチャは決まっていません。どれくら
い決まっていないかというと、
次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会が 秘密会議で7回目になるくらい決まってないわけです。元々この評価部会なるも
のは
3 月には結論を出していたはずで、それがまだでてないということが現在
の状況を物語っています。この評価部会は、文部科学省の委員会です。で、現
在次世代スーパーコンピューターの開発は理研の「次世代スーパーコンピュー
ター開発実施本部」というところが進めていて、この実施本部が2007年1月く
らいに開発計画を決め。それをこの評価部会で承認する、というのが手続きで
す。通常は、こういった事前評価というのはかなり儀式的なものになります。
理由は簡単で、「あまり反対しないような委員を選ぶから」です。評価といっ
たところで委員は文部科学省が選定し、また開発計画自体も文部科学省の下に
ある理研の研究者が作るわけですから、調整もされて事前評価なんても
のは形式的なものになります。
これは別にいけないわけではなくて、少なくとも計算機の設計なんてものはそ
もそも委員会でやってはいけないものです。IBM のように組織が少し大きいだ
けでも Cray のチームに決して勝てなくなって、「なぜ勝てないんだ」なんて
メモを社長が書く羽目になるわけですから、これが国家レベルで委員会なんて
ものを作った日には、もしもそれが形式的なものでなければ破綻します。
つまり、評価委員会なんてものは、せいぜい go/no-go の 1 ビットの判断を
するに留めるべきもので、委員会で設計をいじるようなことは決してあっては
なりません。
それにもかかわらず評価委員会が長引いているのは、基本的には「調整に失敗
した」ということを意味しています。もちろん、今回のプロジェクトに限って
は、調整に失敗することは過去にも起きています。つまり、そもそも 2005年夏
の段階で総合科学技術会議(こちらは内閣府の機関ですが)から「もうちょっと
ちゃんとアーキテクチャ検討しろ」というので1年猶予になり、2006年夏にはそ
れにもかかわらずまだ結論がでない、というのでさらに半年延ばしているから
です。
現状は、延ばしたあげくに
次世代スーパーコンピューター開発実施本部側で作成した開
発計画に、文部科学省内で作った評価委員会でさえ OK を出せていない、とい
うことです。なぜこんなことになってしまっているのでしょうか?
評価委員会の名簿はこんな感じです。
主査 情報科学技術委員会委員 土居 範久 中央大学 理工学部 情報工学科 教授
委員
浅田 邦彦 東京大学 大規模集積システム設計教育研究センター長
天野 英晴 慶應義塾大学 理工学部 教授
小柳 義夫 工学院大学 情報学部長
笠原 博徳 早稲田大学 理工学部 教授
河合 隆利 エーザイ株式会社 シーズ研究所 主幹研究員
川添 良幸 東北大学 金属材料研究所 教授、情報シナジーセンター長
鷹野 景子 お茶の水女子大学大学院 人間文化研究所 教授
土井 美和子 株式会社東芝 研究開発センター 技監
中島 浩 京都大学 学術情報メディアセンター 教授
南谷 崇 東京大学 先端科学技術研究センター 教授
松尾 亜紀子 慶應義塾大学 理工学部 助教授
米澤 明憲 東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授、情報基盤センター長
科学官
西尾 章治郎 大阪大学大学院 情報科学研究科長
これをみてすぐに気が付くことは、地球シミュレータやその他大型スーパーコ
ンピューターを使って大規模なシミュレーションをしている人が殆どいないことで
す。大学関係の人は殆ど計算機科学が専門で、スーパーコンピューターのユー
ザーではありません。天野さんは並列計算機の専門家だし、南谷さんは非同期
回路でプロセッサを作る人、笠原さんはコンパイラ、米澤さんは色々な研究を
してますが、大規模数値計算を使う側でも計算を作る側でもありません。
このような委員選定をすれば、スカラー計算機のほうをベクトル計算機よ
りも高く評価することになるでしょう。ベクトル計算機に高い評価を出したけ
れば地球シミュレータを使って計算して成果をあげている人を評価委員に選ぶ
べきです。
このような委員選定をした、ということは、以下の2つのうちどちらかを意味
していると単純には想像されます。
-
スカラー計算機中心の案になっていて、それを通すための委員選定をした。
-
ベクトル計算機中心の案になっていて、それを落とすための委員選定をした。
しかし、このどちらも極めてありそうにない話です。前者なら通っているでしょ
うし、後者なら時間をかけてもしょうがないからです。従って、別の可能性を
想定するべきでしょう。それは、
どちらとも決めかねている
というものです。元々、 2005年くらいの段階では文部科学省は複合型と
いう主張をしていました。これは、ベクトル、スカラー、「準汎用」を組み合
わせる、というものです。これによりメモリバンド幅が必要な計算ではベクト
ルを、そうでなくて演算中心なら準汎用を、またその中間的な計算や、あるい
はベクトル中心や準汎用中心の応用でも、それらで上手く処理できないところ
をスカラーでやる、というものです。準汎用、というので文部科学省の人々が
何を考えていたかはさだかではありませんが、 GRAPE-DR は候補の1つだった
ようです。
これは私としては必ずしも悪い案ではないと思います。既に何度も書いたよう
に、スーパーコンピューターに必要な物量は
です。で、この3つを同時に全部必要とするアプリケーション、というのはな
かなかなくて、アプリケーションによっては主に計算速度だったり、主にロー
カルなメモリバンド幅だったり、主に通信バンド幅だったりします。そうする
と、それらのアプリケーションの特性に合わせて複数の計算機を作るのが、国
家プロジェクトで様々なニーズを満たすなら必要なことです。
私個人の考えはこれとは違っていて、計算速度は他のものより圧倒的に安いの
だから、アプリケーションのほうが工夫して計算速度を有効に使うことで他の
2つを少なくすませるべきだ、と思います。が、まあ、アプリケーションによっ
てはそううまくいかないものもあるのかもしれません。
この案に対して、総合科学技術会議からついた文句は、「アーキテクチャ1つ
に絞れ」というものだったようです。結局、ここで間違えた、ということだと
思います。
と、この辺まで 6/3 に書いたのですが、 6/12 になって「三社連合でやる」
とアナウンスがあった模様です。これはおそらくアーキテクチャを1つにはし
なかった、ということですから、私としては間違った方向ではないと思います。
2つなり3つなり作ってそれがちゃんと相補的なものになっているかどうかが課
題でしょう。問題は、一つに絞ろうとした段階で無理がきていないかです。
無理の例は Cray Blackwidow です。これはベクトル機ですが、メモリバンド
幅を上げずにピーク性能を上げるためにキャッシュをつけています。しかし、
これは結局ベクトル化できるように書いたプログラムでは性能がでにくいこと
は既に議論した通りです。 ベクトル化とは違った性能向上のためのアプロー
チが必要になり、それならスカラーでいいではないか、となるわけです。
(ここから 6/13)というようなことを書いたら、「総合科学技術会議はこんな
文句いってないぞ」と文句のようなものがつたわってきました。2005/11/4 に開かれた総合科学技術
会議評価専門調査会で配布された
総 合科学技術会議が実施する国家的に重要な研究開発の評価「最先端・高性能汎 用スーパーコンピュータの開発利用」について(原案) をみてみると、
要点は6ページの
「大規模処理計算機部」、「逐次処理計算機部」及び「特定処理計算加速
部」の構成をとる必要性は、まだ明確になっていない状況である。
というものであり、3つ作る意味がわからんとは書いてあるけれど1つに絞れと
いったおぼえはない、といわれればそれはその通りかもしれません。この評価
がでたあと文部科学省・理研は一つに絞る方向で動いたのですが、それは総合
科学技術会議の意図そのものでは必ずしもなかった、と。つまり、私が上に書
いたところは、
この案に対して、総合科学技術会議からついた文句は、「アーキテクチャ3つ
作る意味がわからん」というものだったようです。これに応えて理研は1つに
絞る方向で、各社に多数のアプリケーションでの性能評価をさせます。結局、
ここで間違えた、ということだと思います。
とするのが総合科学技術会議の側からは正しいのかもしれません。まあ、19ペー
ジの個別意見の中には 1つに絞れとかベクトルにはお金掛けるなとか
GRAPE-DRはいかがなものかとか書いてあるけど、それはまあ総合科学技術会議
としての文句ではない、ということなんでしょう。
まあ、ここでも、理研には別に1つに絞るつもりはなくて、アーキテクチャ提
案をしてきた各メーカーが勝手に1つでそれなりに全部できるようなものをもっ
てきた、とかいう主張も可能ではあります。
と、こんなことを議論しているようでは計算機は作れない、というのは確かで
す。