2019年のことでだいぶ前ですが、2019/2/28 に日経サイエンス誌に以下の問い合わせをしました。
(ここから)
日経サイエンス4月号に掲載されました石戸氏の記事「SNSが加速するタ
コツボ社会」について質問がございます。
本記事においては、早稲田大学の田中幹人氏らによるおそらく未発表の
研究結果が多数紹介されております。これらは、「福島」を含むツィー
ト600万件について共引用分析をおこなったものとして紹介されておりま
す。
一方、類似した、やはり震災関係のツィートの解析を、相馬中央病院の
坪倉医師らがおこなっており、その結果は既にアクセプトされた論文と
して出版されており
PLOS One
日本語解説
また、新聞等でも紹介されています。
この論文ではネットワーク構造の時系列変化は示していないものの、主
要な結論はほぼ同じです。むしろ、最初の6ヶ月間にしぼったことで、時
間変化がより明瞭に現れています。
論文ではツィートの内容による分類と共引用解析による可視化の両方を
行っており、記事に紹介されているものより詳細な分析がなされていま
す。
石戸氏の記事において、同様な手法で同様な結論をだした、先行する坪
倉医師らの論文に全く触れていないのはなぜでしょうか?石戸氏は、坪
倉論文を紹介する新聞記事についての早野氏のツィートをリツィートし
ており、坪倉論文のことはご存じであるようです。
これが論文であればもっとも重要な先行研究を黙殺していることになり、
また手法・データと結果の主要な部分がオーバーラップしますので、剽
窃行為とみなされる可能性があります。田中氏の論文自体はそのような
ものではないものと信じておりますが、それだけに石戸氏の記事は著し
く適切さを欠くもののように思います。
日経サイエンス誌としてはこのような記事を適切なものと考えるのかど
うか、お伺いしてもよろしいでしょうか?
よろしくお願いいたします。
(ここまで)
これに対して、2019年4月26日に回答をいただき、それを公開しますという
メイルを送ったところ、返事はこないで黙殺されました。黙殺したら公開され
ないですむ、というのもどうかと思いますので、以下に公開しておくことにし
ます。回答は以下の通りでした。
牧野淳一郎様
お問い合わせの件につきましてお答えいたします。
弊誌4月号に掲載した「SNSが加速するタコツボ社会」の筆者、石戸諭氏は、
田中幹人氏らの研究は坪倉正治氏らの研究とは異なる研究であり、剽窃には
当たらないとしています。弊社は同じ考えであり、記事の掲載は適切である
と判断しております。
日経サイエンス
この回答は、「剽窃かどうか」だけについて回答しており、非常に類似した先
行研究を無視した上で紹介する研究が初めてのものであるかのごとくに主張し
た、という、一般向け科学雑誌としては致命的な問題点を無視した極めて
不適切なものです。
なお、
田中氏の論文自体はそのようなものではないものと信じております
と書きましたが、実際、この記事のあとになってから出版されたものですが、記事の
元になっている研究が論文になった
Chapter 5, Social Media and Ambient Social Distance, in Traces of
Fukushima, K. Valaskivi et al, 2019 (chapter contributed by Researcher
Daisuke Yoshinaga from Waseda University)
では
Studies show that scientific debate on Twitter after the disaster
tended towards polarization (Tsubokura et al. 2018)
と、もちろん引用されており、結論も同様なものであることが述べられています。
但し、これは著書であり、田中氏は著者であるので、通常の査読あり論文では
ないということは述べておくべきでしょう。
つまり、日経サイエンスの記事は、同様な方法で同様な結果を得ている査読あ
る論文を無視した上で、未発表の査読なし著書の原稿の内容を新規性のある結
果として紹介した、科学ジャーナリズムのありかたからは不適切な記事という
ことになります。
日経サイエンスは素晴らしい内容の記事を多く掲載している、研究者からみても
高い価値がある一般向け科学雑誌ですが、このような記事がまぎれこむことも
ある、ということに注意が必要なようです。