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3. TA100 による食品中セシウム検出 (2011/9/2)

テクノエーピー社のTA100 という CdTe を使ったスペクトルもとれる線量計、というものが2ヶ月ほどまえにアナウンスされて、発注していたら今日届いていました。これで色々なものを 測定してみました。測定モードは全てスペクトルで、積分時間(スペクトルモー ドに切換えた時からずっと積算するようです)5分、表示はリニアモードで エネルギーレンジを 0.38-0.75 MeV としています。このレンジでは Cs-134 では 0.605 MeV、Cs-137 では 0.662 MeV のピークが見えるはずです。 遮蔽とかはなにもなしで、単に私の自宅のテーブルの上で測ってます。 エネルギー分解能が 3%ということなので 0.02MeV で、計算上は Cs-134 と 137 の分離もできるということです。測定してみたものは以下です。

 なにもなし(部屋のバックグラウンド
 F県産桃1(2回測定)、2
 Y県産桃
 某社牛乳
結果を図 1 から 7 に示します。大体 0.56 の6の文字の上あたりが Cs-134 の 0.604MeV、0.75 の0 の上あたりが Cs-137 の 0.662MeV に対応するくらいに見えます。

Figure 1: なにもないところ

Figure 2: F県桃1

Figure 3: F県桃1 低エネルギー側

Figure 4: F県桃2回目

Figure 5: F県桃2個目

Figure 6: Y県桃

Figure 7: 某社牛乳

3 は低エネルギー側です。色々でてますが、 これは基本的に自然放射線です。カウント値は高いですがエネルギーは 低いのでシーベルトに直すと小さく、また自然放射線であって 常にあるものです。これは桃からでてるものではなく、なにもないところでも こういう感じです。

0.58MeV あたりから 0.68MeV あたりと思われる範囲でカウント数をだすと

 部屋のバックグラウンド  3
 F県産桃1(1回目)         5
 F県産桃1(2回目)         4
 F県産桃2                3
 Y県産桃                 0
という感じです。

この機械のソフトウェアには核種同定機能もあるのですが、それが機能するほ ど高いシグナルはもちろんでない低線量、短時間で低精度の測定です。統計的 に有意かというとこれではちょっと無理です。が、F県桃1 はなにもないところ の測定やY県桃に比べると 0.6, 0,66MeV 近辺のカウントが大きく、バックグラ ウンドより高いCs が検出されているようにみえます。但し、まだ定量はできて いませんし、バックグラウンドとの分離もできていません。簡単な遮蔽でもし てバックグラウンドを下げることができればより確実な検出ができそうです。 あと、今回さぼってますが 0.8MeV の Cs-134 のもうひとつのピークもみれば 統計は上がります。

ということで、このような(比較的)安価な機械でも、スペクトルがとれさえすれば セシウムの同定・定量が実際にでまわっている食品についてもできそうです。 空間線量だけでなく、食品についても自分で測定、というのが現実的に可能に なってきているわけです。

3.1. バックグラウンド評価(9/3追加)

5分ではアレなので、もうちょっと長時間の測定をしてみました。1時間 バックグラウンドを測定したものを以下に何枚か。

Figure 8: 1時間測定、自宅リビングルーム、 9/3 15:30-16:30 くらい。対数スケール

Figure 9: 同条件。リニアスケール

Figure 10: エネルギーレンジ 0-0.75MeV

Figure 11: エネルギーレンジ 0.75-1.5MeV

Figure 12: エネルギーレンジ 0-0.375MeV

Figure 13: エネルギーレンジ 0.375-0.75MeV

Figure 14: エネルギーレンジ 0.75-1.125MeV

Figure 15: エネルギーレンジ 1.125-1.5MeV

Figure 16: エネルギーレンジ 0-0.375MeV 2時間測定

Figure 17: エネルギーレンジ 0.375-0.75MeV 2時間測定

Figure 18: エネルギーレンジ 0.75-1.125MeV 2時間測定

Figure 19: エネルギーレンジ 1.125-1.5MeV 2時間測定

2時間測定の図 17 を見ると、600keV、660keV のところは いわゆる心眼で見ると見える、というくらいのところです。カウント数 にしてどちらもおおむね 10 程度で、これにバックグラウンドと 本物の Cs からのがまざっている計算になります。

手元に濃度の高い汚染物質のサンプルがないので、ひとまずこれくらい。来週 は関西出張なのでそっちでバックグラウンド再測定してみます。

以下、理論的観点から良くわからないことのメモです。この機械は 1uSv/h=800cpm とメーカーの資料に書いてあります。これが Cs-137 のエネル ギーレンジでだとすると、Cs-137 の寄与が現在 0.01uSv 程度だとしても カウンタは 8cpm になるわけで、10分もかければ 100 近くなります。 しかし実際には2時間で 10 程度で、2桁近い感度の差があります。

面積1平方センチ、厚さ1ミリのセンサー(資料ではそうなっています) では、 1uSv/h で Cs-137 であればイベント数が 800 はまあ妥当です。例えば地面に ある Cs-137 の場合 1uSv/h になるのは 55万ベクレル/平方メートルですから、 1平方センチあたり 55 ベクレルです。これが全部そのまま検出器に入ると 3300cpm になります。検出器の効率の効果等色々考えるとカウントレートが 1/4 くらいになるのはそれくらいかなと思います。

放射線は地面1平方センチからでたものが検出器1平方センチに入るわけではな くて効率や色々なことを考える必要がありますが、それらの効果は総合的には 検出されるイベント数を桁で変えるほどの効果ではありません。大きいものは 斜めからくるものの効果で数倍、検出器の効率の効果で数分の1、の2つだから です。

そうすると、おそらくスペクトルモードでの信号処理で何か効率の悪いことを して数え落としがあるのではないかと思います。逆にいうと、スペクトルモー ドでの感度は改良の余地があるはずです。

3.2. 土壌測定(9/3 追記)

色々気持ちが悪いので、土壌測定もやってみました。某所でとってきた、 TA100 にくっつけて測定すると 0.2uSv/h がでる土です。正確ではないですが おそらく 2000 Bq/kg 程度(134, 137 それぞれ)です。

上と同様に 1時間測定です。結果を図 20 から 23 に示します。

Figure 20: 0.2uSv/h の土壌。エネルギーレンジ 0-0.375MeV 1時間測定

Figure 21: 0.2uSv/h の土壌。エネルギーレンジ 0.375-0.75MeV 1時間測定

Figure 22: 0.2uSv/h の土壌。エネルギーレンジ 0.75-1.125MeV 1時間測定

Figure 23: 0.2uSv/h の土壌。エネルギーレンジ 1.125-1.5MeV 1時間測定

まず低エネルギー側の図 20 を見ると、 バックグラウンド測定の図 12 とあまり変わりません。 但し、 0.2MeV以上での値がかなり増えていることに注意して下さい。

では問題の 0.60MeV, 0.66MeVです。図 13 ではちょっとそこに何か あるといわれても困る的な感じでしたが、図 21 では全く違い、 0.6Mev(0.56 の6の字の上ちょっと右側)、 0.66 (0.75 の0の字のちょっと左 側)に明瞭なピークが見え、カウントもその辺を合計すると50程度になっていま す。さらに、図 22 を見ると 0.796MeV の Cs-134 も非常に綺麗 に見えています。

さて、「バックグラウンド」、つまり、Cs の放射線がないエネルギーのとこ ろはどうか、というのを比べてみましょう。そうすると、エネルギーレンジが 最大の図 23、最小の図 20 ではあまり変わらない ように見えるのですが、 0.375-0.75 の図 21 では全く違います。ま た、図 22 でも 0.8MeV の Cs-134 のラインより低いところでは 増えています。

土に Cs 以外の放射性物質が大量にはいっているということは若干考えにくい ですし、またそうであればもうちょっとライン状にピークが見えるはずですか ら、ここで見えているものは測定器の応答特性、つまり Cs からの放射線を 本来のエネルギーではなくより低いエネルギーのものとして検出してしまって いるという可能性が高いです。

そうなる理由は、

等色々あります。この修士論文の10ページ図2.4に CdTeセンサーの 60keVのγ線に対する応答がでています。 低いエネルギーのほうに複雑なパターンがでることがわかります。コンプトンより こっちの寄与が大きいのではないかと思います。

低いエネルギーになってしまっている、ということは、その分元々のエネルギー にあったものがなくなっているわけですから、元々のエネルギーのとこだけ をみているとカウント数が大きく減ることにもなります。

つまり、図 21 で見えているバックグラウンドのように見えるも ののほとんど全部はバックグラウンドではなく、 Cs に対する測定器の応答と 考えられます。従って、信号の S/N (信号/雑音)比は図 21 でバッ クグラウンドのように見えているものではなく、図 13、あるいはもっ と本当に Cs がない環境での測定と比べないといけないということです。で、 そのバックグラウンドは極めて小さい、と考えられます。

(ここから 9/4 追記)

CdTe 素子のメーカーアクロラド社のサイトスペクトル特性 がありました。上に書いた推測は正しいようで、Cs-137 の場合 90%以上は低エネルギー側に いってしまっています。

(ここまで 9/4 追記)

さて、カウント値を数えると、結局 1 時間測定で Cs-134 の2つと Cs-137 で 合計 150 カウント程度です。なので、有意な検出にはこれが例えば 10程度必 要、と思うと 60Bq/kg 程度は検出可能ということになります。3時間かければ 20 Bq/kg までいきます。まあその、疑わしげなものの確認用としては十分な レベルではないかと思います。

X線天文学とかでは、こういう時にスペクトルのモデルフィットと呼ばれる解 析をします。 大雑把にいうと、原理的には 測定器の応答を仮定して、セシウム等の放射性物質の量を変えて観測をシミュ レーションし、観測された結果をもっとも上手く説明する量が本当の値、と推 定する、という手法です。これは、数学的には「逆問題」というものになり、 実際に解く時にはもうちょっと工夫して色々シミュレーションとかしないで一発 で求められることもあります。

そういう種類の処理をすればセシウムの検出限界を1時間測定で5Bq/kg 程 度にすることは(環境中のセシウムが少ないところなら、あるいは遮蔽すれば) できそうです。

(ここから 9/21 追記)

上の見積もりはだいぶ甘すぎで、これは基本的には土壌サンプルのセシウム濃 度を低い目に見積ってしまっていたせいです。1桁近く甘い見積りになってい ます。6時間で(難しいデータ処理をしない範囲で) 100Bq/kg というのが 現実的なところだと思います。

(ここまで 9/21 追記)

まあ、そのためには測定結果を画面表示ではなく、デジタルデータを出力して 欲しいところですね。というか、メーカーさんでそういうプログラムを 開発して欲しいように思います。

3.3. 神戸室内バックグラウンド測定(9/5 追記)

関西にきたので室内でバックグラウンド測定してみました。線量レベルは 結構高く、 0.10uSv/h 程度を示しています。時間延ばしても良くわからない のですが、とりあえず6時間測定の結果です。

6時間測定です。結果を図 24 から 27 に示します。

Figure 24: 神戸室内。エネルギーレンジ 0-0.375MeV 6時間測定

Figure 25: 神戸室内。エネルギーレンジ 0.375-0.75MeV 6時間測定

Figure 26: 神戸室内。エネルギーレンジ 0.75-1.125MeV 6時間測定

Figure 27: 神戸室内。エネルギーレンジ 1.125-1.5MeV 6時間測定

25、図 26 をみてもなんだか全然良くわかりま せん。全部バックグラウンドであっても矛盾があるとはいいがたい、、、と いうような。

高エネルギー側の図 27 では、 K40 の 1.46MeV は見えているよ うに思います。

今日(9/5) の野尻さん、早野さんから教えてもらったことは、低エネルギー側 にでるのはコンプトン散乱の分、ということです。コンプトン散乱では 元々のγ線光子のエネルギー(つまりは質量)と電子の静止質量の関係で決まる 最大の吸収エネルギーがあり、それから下に連続的に応答がでます。で、 0.6MeV辺りではこちらの吸収係数が光電効果(こっちは断面積がエネルギーの3 乗で落ちる)に比べると1桁くらい大きくなっているとのことです。

605, 662, 796, 1460keVに対してコンプトン端は 425, 478, 603, 1240 keV となるので、K-40 があるとすると1.24MeV から下に連続スペクトルがでるは ずです。図 27 を見るとそうなってるような気がしてきます。

土壌測定で Cs のラインがでていたところで高いわけではない(当たり前です が)ので、線量が高い(といっても 0.10uSv/h) のはセシウムのせいじゃない、 ということはわかります。

自然放射線としては K-40 の他ウラニウム系列、トリウム系列の2つから色々 なものがでますが、私がちょっとみた感じでは対応はついていません。

現在使えるデータ(要するにこのスペクトルの画像)からセシウム量を推定しよ うとすると、邪魔なのはこのK-40 によると思われる連続スペクトルです。連続 といってもスムーズなものかどうかよくわからないのも問題で、図 26だとまあ連続スペクトルをサンプルしたものに見えるわけです が、図 25だと構造があるように見えます。実際、色々構造があっ ていけないわけではないので、この辺はちゃんと実験とかシミュレーションの データと比べてみないと良くわからないところです。とはいえ、例えば 662keV のあたりの8ピクセルくらい(20keVくらいの幅)だと合計がまあ 40カウントくらい、1時間に6カウントの計算です。ノイズとしてちょっと大き く、このままだと3時間使っても100Bq/kg は難しいかな?という感じです。

3.4. 神戸室内F県桃測定(9/8 追記)

K-40 のバックグラウンドが高いのでこのままでは難しい感じですが、一応 検証、ということでF県桃も測定してみました。

6時間測定です。結果を図 28 から 31 に示します。

Figure 28: 神戸室内F県桃測定。エネルギーレンジ 0-0.375MeV 6時間測定

Figure 29: 神戸室内F県桃測定。エネルギーレンジ 0.375-0.75MeV 6時間測定

Figure 30: 神戸室内F県桃測定。エネルギーレンジ 0.75-1.125MeV 6時間測定

Figure 31: 神戸室内F県桃測定。エネルギーレンジ 1.125-1.5MeV 6時間測定

31 と図 27 を比べると、 K-40 のシグナルがよ りはっきりしているような気がします。とはいえ、6時間で数カウント以下、1 時間1カウント以下ですね。統計的には有意でなさそうです、、、

1.5MeV での 厚さ1mm のCdTe 検出器の光電効果での吸収効率は 0.2% 程度と思われます。こ れから K-40 の量をだしてみます。

400g の桃、直径9cm として、センサー面積は1cm^2 なので大体 0.4% をカバー します。効率と掛けると桃からでたものの大体 8e-6 くらいを検出することに なります。但し、これは検出器に垂直にくる分だけです。斜めからくる分につ いては光電効果の吸収効率がずっと上がる(有効面積は少ない)ので、とりあえ ずその効果が(ちゃんと計算しないといけないですがとりあえず)3倍とします。 そうすると、ひっかかったγ線の4万倍くらい出している、ということになり、 1時間4万本、1秒10本以下、というところです。

桃のカリウムは 100g あたり 180mg、1つ400gとして 0.8g、20ベクレル強です。 γ線放出効率は 10% なので1秒に2本くらい、オーダーはあいますがファクター はあってません。まあ、これは測定が1時間1カウント「以下」なのでしょうが ないところで、バックグラウンドのほうが高いので検出できてない、と いうことです。

バックグラウンドのほうは 0.1uSv/h に大体対応しているか、というと、 大雑把にK-40 だと地面とかだとすると3万Bq/m^2 くらいのはずで、そうする と 検出器を通るのが1秒に 10-20 本ですから上の検出効率から考えると 1時間に 1-2 カウントとなってだいたいあってます。

このように考えると、セシウムについても上限をだすことは多分できるでしょ う。セシウムの場合、検出効率はカリウムよりほぼ1桁高く、また 放出効率は100%に近いです。そうすると、ベクトル数が同じなら 100倍カウントがでることになり、この桃に 20ベクレル(137,134それぞれ)あったとしたら 100カウント程度が 0.662MeV、0.796MeV のそれぞれにでる計算で、かなり 明確に見えるはずです。測定結果からの統計的な上限値は多分 20カウント くらいなので、足して10ベクレル程度以下、とかなり低いように見えます。

上の検討の数字、土壌での測定値からいえることとあってない気がするのでも うちょっと考えます。土壌のほうは1時間で30カウント程度です。但し、測定に 使った量は30グラム程度です。測定効率が 0.2% だとして1秒10カウント、つま り 30Bq くらいがそこにある、つまり 600Bq/kg ですね。2000 Bq/kg かな、と いう当初見積りと3倍あってないですが、2000のほうが適当なので間違ってると 結論できる数字でもないです。少なくとも3倍程度の範囲では矛盾はない、とい うことでもあります。

つまり、測定した桃については、Cs134, 137 の合計で 10Bq以下、最大に見積 もっても 30Bq 以下、75Bq/kg 以下ではある、ということです。より精度を 上げる(検出限界を下げる)には K-40 のコンプトン散乱の寄与によるバックグ ラウンドを下げることが重要で、遮蔽するか、初めから花崗岩とかのないとこ ろでやるか、ということになると考えます。関西のビルの中では遮蔽が必須です。
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