GRAPE
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GRAPE(グレープ, the GRAvity PipEの略)とは、専用目的計算用途のために東京大学の天文学者達(杉本大一郎、野本憲一、牧野淳一郎ら)が開発した専用計算機の名称。似たような計算機として、ワークステーションに取り付けるグラフィックアクセラレータがあるが、ワークステーション上のプログラムを変更して走らせることは出来ない。同様なアーキテクチャーで設計されているGRAPEは、ニュートンの重力方程式専用コンピュータとしてハードウェアに組み込まれている。そのコンピュータの仕組みはパイプライン演算によっているため、GRAPEの正式名称中にPipEが入っているのである。
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GRAPEの目的
GRAPEコンピュータの目的は、計算天文学の研究を行う彼または彼女の研究室に通常の研究費(一般研究費Aと呼ばれる予算)で一台のスーパーコン ピューティング環境を提供しようという目標から始まった。大型計算機センターのコンピュータはいつもジョブが一杯で、天文学のような分野の計算は後回しに される場合が多い。にもかかわらず、計算の規模は大きいことが特徴である。
GRAPEの特徴
GRAPEが行う計算は、「大規模N体問題」と呼ばれる計算である。N体問題とは、N個の質点間における相互作用の力の方程式を解くことによって銀河系や大宇宙のシュミレーション等を行うことである。その目的のために設計されたコンピュータがGRAPEである。
GRAPEの成果
計算シュミレーションによって、
- 1 微惑星の衝突が契機となって、月が地球から誕生したことが裏付けられた(ジャイアントインパクト説)。
- 2 スポーク型銀河の形成は、銀河と銀河の衝突によることについて明らかになった。
- 3 惑星系の形成について様々な知見が得られている。
なお、エキサイティングジュピターやホットジュピター、巨大コアの惑星の形成については、これからの計算シュミレーションが期待されている。
GRAPEの歴史
概略
シュミレーションによって、天文学の様々な課題に挑戦することを目的に開発がはじまった。時代は、FPGAやASICの進歩が始まった時代でもあった。また、企業様(富士ゼロックス 電子技術総合研究所)からのご支援もいただき初期のGRAPEは産声を上げたといっても過言ではない。GRAPE-2のASIC開発においては、全面的にご支援を頂いた。
その後、文部科学省からの支援(特定領域研究に採択された)もあり、順調に性能を上げることができた。ベンチマークにおいて栄誉と呼ばれるゴードンベル賞を何度も受賞させていただいているシリーズに成長した。現在は、浜松にあるベンチャー企業からも商用目的での販売も行われている。
なお、GRAPEシリーズであるMDMGRAPEに関しても、そのチップ開発においては日立製作所を初めとする企業様からの支援、さらには商用目的での販売に際しては、シリコングラフィック(SGI)社等からのご支援を頂いている。
性能史
- GRAPE-1 1989年 ピーク計算性能 240Mflops・・・コンセプトシステムとして開発された。
- GRAPE-2 1990年 ピーク計算性能 40Mflops ・・・IEEEバスを用いた、デスクサイド型として開発された。
- GRAPE-3 1991年 ピーク計算性能 15Gflops ・・・ASIC化 1チップの単体性能が一気に向上した。
- GRAPE-4 1995年 ピーク計算性能 1Tflops ・・・パイプライン演算機構を1チップ化。
- GRAPE-5 1998年 ピーク計算性能 1Tflops ・・・GRAPE4の更なる並列化によって高性能化。
- GRAPE-6 2002年 ピーク計算性能 64Tflops 更なる並列性及びチップの集積度を上げることによって、64TFlopsを達成。
- GRAPE-DR パイプライン演算機構の改良によって、汎用性及び高性能化を目指して開発が進んでいます。
初期においては、NRAO(アメリカ国立電波天文台)において、VLA(Very Large Array)用の専用計算機が開発されたことが契機となっている。この分野の方々の論文等を参考にしながら、ROMやALU等を組み合わせた専用計算機を開発するプロジェクトが始まった。特に、最初のGRAPE-1では、ROMに書き込まれた計算結果のテーブルを直接参照することによって、計算速度を早くする等の工夫で目標を上回る計算機に仕上がった。
国内におけるFPGA等を用いて作られた、統計物理専用計算機m-TISからも、GRAPEプロジェクトは影響を受けている。この専用計算機の開発者と、現在のGRAPEプロジェクトのリーダとの間での共同作業から初期のGRAPEは生まれたといっても過言ではない。
初期のグレープ(GRAPE-1)は、重力による大規模N体問題専用計算機として開発されたが、重力方程式とクーロンの電磁力との相関性からファンデルワールス力に関する計算にも適していることが分かった(大阪大学 蛋白質研究所からのご指摘による。なお、GRAPEを見学された先生がCOSMOSと呼ぶ、分子間におけるN体問題計算プログラムを開発されたことが契機となった)。そのため、質点(Particle)間の相互作用に関する計算機として発展を遂げた。
同じようなアーキテクチャーの計算機としては、国立天文台で開発されたFXと呼ばれるVLBI用の相関演算器がある。どちらのコンピュータも手作りで開始された。なお、このようなアーキテクチャーが可能になったのは、FPGAやASICの進歩によるところが大きい。
現在(2006年)進められている、GRAPE-DRでは、その他にもゲノムシーケンスの検索やたんぱく質構造のマッチング、流体力学計算などの用途にも使えるように設計が行われている。
その他の専用並列機
GRAPEの姉妹
- HARP-1 汎用性を目指したプロトタイプ機(目的:計算パラメータの汎用化)
- HARP-2 汎用性を目指したプロトタイプ機(同上)
m-TISの開発者によるFPGAを用いた専用計算機。開発者が統計数理研究所に就職されたため開発が中止されました。なお、この開発者が現在のMDGRAPE-3のチームリーダです。
GRAPEの兄弟
理化学研究所で開発された、分子動力学専用コンピュータ。GRAPE-2Aからアーキテクチャーを受け継ぐ。
- MD-GRAPE
- MDM ------- 計算性能 8.61TFlops
- MDGARPE-2 - 計算性能 16GFlops
- MDGRAPE-3 - 計算性能 33GFlops
MDMの特徴としては、分子動力学用のMDGRAPE専用チップとフーリエ解析用のWINE専用チップを内蔵していることである。なお、 GFlopsはボードの単体性能である。これらを、多数並列化することによってMDGRAPE-3超並列機では、2006年度中に2PFlopsを達成す る事を目標に開発が進められている。
GRAPEの親戚
こちらのコンピュータは、国産専用並列コンピュータ時代の幕開けを告げたスーパーコンピュータたち。
- PAX/PACSシリーズ、特にQCDPAXは量子色力学用の専用コンピュータ、アンリツ及び筑波大学等で開発が行われた。その後継機であるCPPAXは、日立製作所及び筑波大学等で開発が行われた(多分、専用コンピュータの歴史としては、こちらの方が古いかもしれない)。
- コンピュータグラフィックス専用コンピュータLINKS、大阪大学から東洋リンクスにて開発が行われる。
付記
注意1)ここでの計算性能は、SPECflopsやLINPACK、LAPACKと呼ばれる標準的なプログラムを実行することによる計測にはよらず、単純に浮動小数点演算回数をカウントしたものである(参考:FLOPS)。
注意2)GRAPE-2Aは歴史に記入されていない。GRAPE-2Aは、分子動力学用に改良されたGRAPE-2のことである。
注意3)並列型コンピュータの場合には、性能上のボトルネックとして並列ボード間の通信の問題がある。現在も研究が進められているが、特に並列型専用機の場合には、ジョブを小さなスレッドへ分割して計算性能を向上させる等の工夫が必要である。
関連項目
- 天文学
- シュミレーション
- スーパーコンピュータ(今はHPC High Performance Computer or Computingと呼ぶことが多い)