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96. 異動のご挨拶 (2011/3/3 書きかけ)

さて、私事ですが、 2011/4/1 付けで天文台を離れまして、東京工業大学理工 学研究科理学研究流動機構というところにお世話になることになりました。流 動機構というのは名前の通り流動的であることを教員スタッフに要求するとこ ろでして、具体的には任期があります。任期は5年間で、1回2年間にかぎって延 長可能となっておりまして、7年たったらクビということです。

何故そういう任期付きポストにわざわざ移るのか、ということですが、これは、 このポストがいわゆるデューティ、つまり、学科運営や講義に関わる雑用がな い(まあ、少なくともそういうことになっている)ポストだからです。まあ、要 するに理論的には研究に集中できるはずであるわけですね。実際のところは学 内の雑用がなくなっても、これを雑用といっては語弊がありますが戦略プログ ラムとかから解放されるわけでもないですが、少なくとも天文台での天文シミュ レーションプロジェクト(というのがスパコンを持っていて私が長である計算セ ンターの名前です。英語名称は Center for Computational Astrophysics, CfCA です)の運営に関連する仕事や、天文台で教授であることに伴う雑用は なくなるはずです。

CfCA の長というのはなかなか大変な割には思うようにいかない仕事で、そうで ある理由の多くは天文台の組織構造、その歴史的経緯に関わっています。現在 の天文台は正確には大学共同利用機関法人自然科学研究機構国立天文台という もので、法人化以前から大学共同利用機関でした。1988年までは東京大学理学 部附属東京天文台だったわけで、それを東大から切り離して大学共同利用機関 としたのはすばる望遠鏡の建設・運用主体を担うには東大附属では無理で、と いうような話からと聞いています。

天文台でのスパコンですが、実はこの 1988 年の時点では三鷹キャンパスには スパコンはありません。メインフレームの富士通 M-380R があり、リプレース で 780 に置き換わる時期です。野辺山電波観測所にはどういうわけかVP-200 が86年か 87 年あたりにはいっています。私は 85 年に野辺山の計算機を使うため に1週間ほど野辺山にいたのですが、この時はまだ M380 でした(三鷹の M380R なるものより数倍速くて、ユーザ数も少なかったので三鷹ではできない規模の 計算ができました)。

国立天文台になる時に、「理論研究系」というものを置くことになり、この研 究系のミッションとして、理論研究を推進するだけでなく、大規模シミュレー ションのための計算機の導入・運用を、ということになったようです。現在台 長である観山さん、野辺山から異動してきた近田さんらの努力の結果、1996 年 に三鷹キャンパス初めてのスパコンである富士通VPP300/16 が導入されること になります。

この計算機は、理論研究系ではなく「天文学データ解析計算センター」、すな わち三鷹キャンパスに従来からあったメインフレーム等を運用していた組織に よって運用されました。理論研究系からはスタッフの一部が天文学データ解析 計算センター大規模シミュレーション部門を併任する形で協力する、という形 です。

その次のリプレースは 2001年に VPP5000 となりました。その次のリプレース は本来ならば 2006 年に、となるところですが、天文台の上のほうの色々な事 情で 2008 年まで延長となり、その間陳腐化が進んだ機械を使いつづけること になります。牧野が着任したのは2006年度で、結果的に仕様策定等が始まる 時期になりました。

その前、2004年くらいから「天文学データ解析計算センター」の組織変更の検 討が天文台内で進んでいて、2005年度末にはこれの理論シミュレーションを担 当する天文シミュレーションプロジェクトとそれ以外のもろもろを担当する 天文データセンターに分割することになり、着任したばかりの私に 天文シミュレーションプロジェクトの長がふってきたわけです。

「天文シミュレーションプロジェクト」というのは不自然な名前ですが、これ は天文台が「プロジェクト制」というものを採用していることによっています。 この「プロジェクト制」では、すばる観測所や野辺山電波観測所といった大き な装置を持ち共同利用運用をしている部署が「Cプロジェクト」そのための準 備段階(現在だと例えば ALMA 望遠鏡)が「Bプロジェクト」、もっと予備的な 段階のものが「Aプロジェクト」ということになり、共同利用ではなく天文台 内のインフラを提供するものには「センター」という名前がつくことになりま した。そうすると、理論シミュレーションとスパコンの共同利用を担当する組 織は「Cプロジェクト」ですが、「計算機センター」という名前は日本語では つけられない、ということで「天文シミュレーションプロジェクト」という不 自然な名前になっています。英語名称は Center for Computational Astrophysics (CfCA) でこれにはおかしいところはありません。

さて、そういうわけで私の着任直前に新しく CfCA なるものができたわけです が、問題はこの組織の基盤が極めて脆弱なものであることでした。上に述べた、 理論研究系(2004年から理論研究部という名前に変わっていますが)を本務 とするスタッフが CfCA を併任する、という形には変化がなかったため(1名デー タセンターが本務で CfCA を併任する人もいます)、 長である私を含めて CfCA には専任職員はなく、また技術系の常勤職員も 0、非常勤職員のための人件費も非常に低賃金の研究支援員、事務支援員のみ (その他に中央予算での「研究員」2名)と決して安くはない計算機を運用する のに十全な体制とはいいがたいものでした。

2008年のリプレースを機に予算配分を見直し、技術系の非常勤職員を3名増やし た他、レンタル以外の買取のファイルサーバ、PC クラスタ等にレンタル費用の 1/10 程度を当てることでアーカイブ的な大規模ストレージやデータ解析のた めの計算機群を構築する、というような体制にしています。常勤職員がいない という問題は根本的には解決できませんでしたが、非常に優秀で熱意もある 非常勤職員の方にきていただくことができ、サーバ整備・拡張という観点から も、ユーザーサポートの程度からもかなり高いレベルの運用ができたと (若干自己満足ですが)思っています。

CfCA の内部的な運用については一定の成果を上げることができたと思ってい るわけですが、問題は現在の天文台のプロジェクト制の中ではプロジェクトの 長は(プロジェクトがずるずる縮小していくにまかせるのでなければ)天文台内 の政治的活動に相当の時間と努力を割く必要がある、ということです。 まあいわゆる赤の女王的状況

     「いいこと、ここでは同じ場所に止まっているだけでも、せいいっぱい
     駆けてなくちゃならないんですよ。他へ行こうなんて思ったら、少なく
     とも2倍の速さで駆けなくちゃだめ」 
というやつで、縄張り争いがある官僚的組織は必然的にそうなります。これは 簡単な話で、組織の中でそういう行動をしないサブグループは淘汰されるから です。大学も官僚的組織ですが、大学自体の予算や人事についてははるかに硬 直的になっているために逆にほとんど学内政治には意味がなく、研究のために には外部資金を、となるのですが、共同利用機関、ということで日本の理論研 究者の多くが使うスーパーコンピューターに使える予算や人員が台内政治に 左右されるわけでこれは結構大変な話です。
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