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31. 増田論文とそれへの「反論」 (2015/12/28)

「日本の科学者」という雑誌の2015年10月号に、増田善信氏による「福島原発事故による放射性ヨウ素の拡散と小児甲状腺がんとの関連性、およびその危険性」という論文(以下増田論文)が掲載されました。その後、12月になって、左巻健男氏のブログ「samakitaの今日もガハハ 左巻健男/SAMA企画」に、「『日本の科学者』誌編集委員会は非民主的な酷い対応をしたと思う」という エントリーが掲載されました。

ここでは、では本当に、『日本の科学者』誌編集委員会は非民主的な酷い対応をしたのか、ということを検討してみようと思います。というのは、ここで起こったことは、科学、あるいは科学的であろうとするとはどういうことか、を考えるためのよい例になっていると考えるからです。

まず、時系列を簡単に整理します。10月号の出版日は9月のどこかだと思いますが、これに対して、10月13日に、清水修二氏、野口邦和氏、児玉一八氏の3名が連名の「放射線被曝の影響評価は科学的な手法で 甲状腺がんをめぐる増田善信氏の論稿について」というタイトルの論文(以下清水論文)が投稿されました。これに対して、11月12日付けで、「日本の科学者」編集委員長名で、「掲載を見送る」との回答がありました。これに対して清水論文の著者達は11月15日付けで反論を送り、編集委員会は12月9日付けでさらに回答、著者らは同日ただちに「感想」を送り、これらのやりとりおよび論文そのものが著者から12月18日に左巻氏に送られ、左巻氏は清水論文の著者達と編集委員会のやりとりの全て(編集委員会から公開の許可を得ているのかどうかは記載がないのですが)と清水論文をブログ上で12月19日に公開したものです。

科学研究においては、自由な論争は重要なものです。ある雑誌に掲載された論文において誰かの論文や主張が一方的に攻撃されているならば、攻撃された人にはその雑誌上で適切な反論をする権利がある、というのは、もちろんなにか保証された権利というわけではありませんが、少なくとも全く正当性のない主張というわけではありません。清水論文の著者達は、自分達が攻撃された、と考えているようです。そのことは、論文の「はじめに」の最初の1文に述べられています。

   本誌Vol.50-10(2015年10月号)に載った増田善信氏の「福島原発事故によ
   る放射性ヨウ素の拡散と小児甲状腺がんとの関連性,及びその危険性」と
   題する論文は,そのすべてがそうであるとは言えないまでも,われわれの
   共著書『放射線被曝の理科・社会』(かもがわ出版刊,2014)を批判する
   内容になっており,筆者の執筆のターゲットもおそらくそこに定められて
   いるものと受け取られる. 
「そのすべてがそうであるとは言えないまでも」と書いてありますが、あるいはむしろ書いてあるからこそ、これを読んだ読者は、増田論文はその大半が清水論文の著者達の『放射線被曝の理科・社会』を批判する内容であると思うのではないでしょうか?

では、「増田論文のターゲットは『放射線被曝の理科・社会』を批判すること」という清水論文の著者達の主張は正当なものでしょうか?その判断のためには、増田論文自体をチェックする必要があります。

増田論文でどのように『放射線被曝の理科・社会』が言及されているかというと、実は、2ページ目(P39)の、1節の最後のパラグラフ「児玉一八らによると、福島事故によるヨウ素131の放出量は、チェルノブイリ事故の10分の1以下である」の1文だけです。さらに、この文とその前後を読んでも、「放出量は、チェルノブイリ事故の10分の1以下」ということが否定されているわけでも批判されているわけでもありません。

つまり、論文の構成と内容を見る限りでは、増田論文には『放射線被曝の理科・社会』を特定して批判している箇所は存在しない、と結論できます。増田論文は、そのタイトルが示すように、福島原発事故で放出された放射性ヨウ素によって小児甲状腺がんが引き起こされている危険性がある、ということが主張です。これに対して、現在のところ、福島県の県民健康調査、特に甲状腺検査の結果を検討している、県民健康調査検討委員会の「甲状腺検査に関する中間取りまとめ」では、被曝が原因である可能性は完全には否定できないが、発生数が多いの はスクリーニング効果による、という見解をだしています。これは増田論文でも文献1、2として最初に引用されています。つまり、増田論文が何かを「執筆のターゲット」にしているとするなら、それは県民健康調査検討委員会の公式見解であると考えるのが妥当です。

上で私は「ある雑誌に掲載された論文において誰かの論文や主張が一方的に攻撃されているならば、攻撃された人には適切な反論をする権利があるというのは……全く正当性のない主張というわけではありません」と書きました。しかし、全く攻撃されていないのに何故か攻撃されたと思い込んでいるように見えるものであっては、そのままの形で掲載するのは全く不可能であり、常識的には不掲載となるのは当然のように思われます。

清水論文の著者達のするべきことは、まず第一に、「自分達は攻撃されている」という根拠のない思い込みを排した上で、編集委員会からのコメントを真摯に受け止めて論文を改訂することであり、「おそまつな不掲載理由で,了解など到底できるものではありません」と編集委員会を攻撃することではないのではないでしょうか?

とはいえ、人は色々なことを思い込むものであり、他人から指摘されても(あるいは他人から指摘をうけたからこそ、かもしれませんが)なかなか受け入れられるものではありません。研究者もその例外ではありません。ですから、清水論文の著者達が何か思い込んだ上で、かたくなに主張を繰り返すのはそれほど不思議なことではありません。我々がするべきことは、ではこの人達の主張には根拠はあるのか?ということをきちんと検討することでしょう。そういうことをしないで、一方的な主張をオウム返しにする人が大学教員の中にも見受けられるのは残念なことですが、そういう人が現実にいる、ということを理解しておく必要もある、ということでもあります。

さて、以下では、増田論文と清水論文のそれぞれの科学的な内容について、簡単にまとめておきます。

まず増田論文について、「はじめに」で、従来は最初の4日間でほとんどすべての放射性物質物質が放出されたと思われていたが、2014年12月21日のNHKスペシャルで、そうではないという衝撃的な事実が明らかになった、という趣旨のことが書かれています。2011年の4月ならともかく現在では3月21日等に原発からの放出に伴う汚染が起きたというのは常識でしょうし、保安院が2011年6月にだした「77万テラベクレル」の推計もそれをふまえたものになっています。なので、NHK が大発見であるかのようにいったのは間違いですし、その意味でこの論文でも新発見と述べているのは間違いです。が、増田論文では「NHKの報道は衝撃的ではあるが、正確な数値がないので、ここでは各地の研究機関で測定された数値を用いて、放射性ヨウ素の拡散状況を調べる」とあり、当然ですが NHKの番組にたよって論を立てているわけではありません。

但し、実際の議論は、つくばの気象研等での大気中の I-131 濃度の時間変化を示し、「おそらく福島県内ではもっと強まる放射性ヨウ素が漂っていた可能性が高いと思われる」と述べているだけで、定量的に等価線量を推定する、といったことは行っていません。この辺はもうちょっと何かあるべきではないかと思います。

さて一方、清水論文のほうも、被曝線量推定は精度や信頼性に多くの問題があるとわかっている放医研の 1,080人の測定値を論拠にするなど、あまり科学的とはいいがたいものになっています。特に、現時点において国際的には標準的な見解といえる UNSCEAR 2013 の推定値を無視して議論するのは適切ではないと思います。

次に増田論文の「小児甲状腺がんの激増は福島原発事故起因である可能性が大きいと推定した理由」では、

  1. 「チェルノブイリでは増加は 4〜5年後」は疑問
  2. 市町村別の小児甲状腺がんの発生数と放射線の強さの対応」では、
  3. 甲状腺がんの男女比
  4. なぜ福島では高齢の子供ほど発生が多いか

と4つの論点をあげています。 1 は、90年以降の増加はスクリーニングのせいもあり、だからそれ以前に増加していないとは言えない、というものですが、これは必ずしもデータによってサポートされていないと思います。スクリーニングはベラルーシ・ウクライナ全域にわたって行われたわけではない、部分的なものだからです。

とはいえ、それ以前のデータと比較すると 90年以前にも増加したように見える、というのは科学12月号に私も書いたとおりです。これは山下俊一氏も著者である論文や報告書のデータからいえることです。

これに対する清水論文の主張は

   とはいえチェルノブイリ事故後の小児甲状腺がんの急増時期に関するくだ
   んの観測に対しては国際的に広い支持があり,これを批判するにしても綿
   密な実証を要する.山下俊一氏が共著者になっている論文中のワンセンテ
   ンスを「証拠」に,それをあっさり否定するような乱暴なことはすべきで
   はなかろう.
というもので、「国際的に広い支持があるものは正しい」という程度のものです。科学的主張とはかなり距離があります。

2番目については、増田論文では「早川マップ」の空間線量等高線と、「1次検診受診者が3000人以上で、かつ患者が3名以上」であれば黒く塗る、というマップをだしています。それで、「小児甲状腺がんの急増は福島原発事故の影響のためと考えられる」と結論しています。これは定量的というよりは定性的な議論で、意味がある結論を出すためには定量的な検討が必要でしょうし、有意性の検定等も必要と思います。

ここについては、清水論文は

   表1で県内の大まかな圏域別にデータを見ると,「悪性ないし悪性疑い」
   の発見率は圏域間でほぼ差がない.「浜通り」の比率が一番高いが,避難
   区域を含んでいない.
と述べていますが、これは県民健康調査検討委員会の主張と同じもののように思います。ここの、「ほぼ差がない」というのも、ちゃんとした科学的なものであるためには有意性の検定等が必要でしょう。この検定は県民健康調査検討委員会も行っていません。

なお、私の計算では調査年度間(但し、平成25年度分からいわき市は除く)で比較すると有意差がでています。

3番目の甲状腺がんの男女比については、増田論文では男性が通常の割合である1:5.43 に比べて 1:1.89 と著しく多く、チェルノブイリでの傾向と一致していることから被曝由来と推定されるとしています。これもスクリーニングのせいという主張はありますが、そうだという証拠があるわけでもないので、増田氏の主張が間違いと現時点では言えないと思います。ちなみに、本格検査では、男女比は 1:1.44 と今のところさらに男性の割合が高くなっています。

ここについては、清水論文では

  そもそもそのような考えは定説として確立されているものではない.
ですませています。チェルノブイリでは被曝の影響は確実にあり、また男性が多かった、というのも確実に数値がでていることです。その間の関係を「定説ではない」と根拠もあげずに否定するのが科学的態度でしょうか?

4番目の、「なぜ福島では高齢の子供ほど発生が多いか」という論点については、増田論文では色々書いてありますが、これは私の意見としてはそもそもみている時期が違う、ということを考慮していない、あまり意味のない検討だと思います。チェルノブイリでも最初の4年間に発生した甲状腺がんは10代後半が多かったのですから、大きな違いがあるとは言えないと考えます。このことについては、「科学」2015年12月号で詳細に議論しましたので、興味がある方はそちらを御覧になって下さい。

一方、清水論文では

    今見つかっている甲状腺がんが,事故由来の放射線被曝の結果であるとは
    考えられないと評価する最も分かりやすいデータは,患者の年齢構成であ
    ると拙著では述べた.
とあります。これは、「科学」2015年12月号で検討した論文Age Distribution of Childhood Thyroid Cancer Patients in Ukraine After Chernobyl and in Fukushima After the TEPCO-Fukushima Daiichi NPP Accident, Mykola D. Tronko et al., Thyroid, 2014, Vol. 24, 1547. と同じ主張です。「拙著」の前にちゃんとした文献をあげることが科学的論文としては必要なことと思いますが、それはそれとして、この主張については上に述べたように「科学」2015年12月号で詳細に議論しました。

というわけで、増田論文の主張に問題がないわけではないですが、その「科学的な」批判であるべき清水論文は自分達が攻撃されているという思い込みの他にもおよそ科学的とはいいがたい主張がならんでいるものであるように見えます。「放射線被曝の影響評価は科学的な手法で」というタイトルにふさわしい論文にはまだなっていないのではないでしょうか?
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